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堪忍袋
落語「柳田の堪忍袋」は、

「柳田格之進」のタイトルでも演じられる噺ですが、講談に起源があるみたい。

僕はこの噺を最初、志ん朝で聴いた。


柳田は実直真面目で嘘をついたことが無い。

しかし、その正直さが疎んじられて浪人となる。

その生活の中で、盗みの濡れ衣をかけられ、

柳田と娘は堪忍袋を抱え、耐え忍んで生きる。

疑いが晴れるまで、そして晴れた後、

柳田親娘はどうするのか。


ところで、

名人志ん生の長男が馬生、次男が志ん朝である。

僕は志ん朝のキレとスピード感ある語り口が好き。

華やかさと色気と潔さがある。

対して、兄の馬生は、まじめ一筋。


このふたりが演じた『柳田格之進」を聞くと違いがよくわかる。 

志ん朝のそれは噺の筋が通らないけれど、

ハッピーエンドにして、聞いて楽しいものにしている。

馬生の噺は、道理的で悲運のまま、ばっさりと終わらせる。



堪忍袋は、

辛抱に辛抱を重ねた結果、緒が切れる。

だから、これは大人の感情である。子どもは辛抱を重ねない 。

子らがキレルのは瞬間だから、

堪忍袋の緒が切れているのではない。

つまり、

キレルのは子どもであり、大人ではない。

いい歳をしてキレルのは、中身が子どもなのであろう。

 
そして、

修行修養修練によって、

緒が切れない堪忍袋をもてるようになる。

その時、

堪忍が完成し、微笑と慈悲にあふれた人格になるのだろう。



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[ 2018/08/24 07:29 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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