忍者ブログ


夏の祈り
平安時代の密教では、

色心不二と言って、心と身体、精神と物質の区別は無く、

どちらも仏のシンボルとして重要なものであり、どちらかに偏ることは無い、

という立場だったのですが、

鎌倉時代以降、

どちらかと言うと、モノよりも心に重きを置く傾向になります。

それは今でも続いており、

モノより心のほうが大切であり、清らかである、という意識は少なくない。


心と身体の価値は同じです。

身体に心が宿り、

心も魂も霊も思想も記憶も、

肉体を離れては存在できない。

そうなると、

今あるものは、本来あるべきものであり、

ただあるだけで済ませないような、「身体的な」日々の努力精進が大切になります。


今見ているもの、聞いていること、

感じたこと、思い出したこと

それらはみな本来あるものではなく、自分が作ったものです。

そう思っただけ、感じただけ。正しくもあり、間違ってもいる。

そのように、

自分の内側をただ観察する。意見や感想を持たない。


自分の外側に対しては、

自分と同じと思って大切にする、感謝する。

それらによって、平安と幸せがもたらされるから。


暑さ、風の心地良さ、ビールのうまさ、汗をかいた後の爽快さ

アゲハやクワガタの姿やカッコーの声

それらと自分が合掌のように支えあうように、祈る夏。

暑さの中に心の清涼を感じます。




 「夏の冷えと精進料理」:  http://shintenan.syoyu.net/Entry/926/



PR


[ 2016/07/10 07:08 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

コメントを投稿する






<< 夏は精進料理  |  ホーム  |  後家相とポテトサラダ >>