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大日は勇者

仕事柄、名づけ親を頼まれることがあります。

依頼してきたかたに、

候補の名前をいくつか考えてもらい、

その中から、最も適切な画数と数字の流れを選ぶようにしています。


将来お金に困らないように、とか、

親子兄弟が仲良く意思疎通できるように、とか、

そういう画数と数字の流れを選んで名まえをつければ、

保険に入ったような安心感が生まれます。


真言は、仏さまの名前ではないけれど、

名まえのように使われることもあります。

そして、その音声になった理由がある。


大日如来の真言のうち、

(オン)ア・ビ・ラ・ウン・ケン

は梵字でこう書きます。


(『梵習字鑒』より)

大日如来は、

本不生(存在とは何か)を悟った勇者で、

あびら avīra (原語に近く発音すればアヴィーラ)が勇者の意味。

これは、

お釈迦さまが菩提樹下で降魔成道した時、

神々が

ア ヴィーラ フーム カン
(おお勇者よ)

と讃嘆したことに由来しています。


ところが、

多くの経本や次第には、


(『十八道次第』より)

このように、

avīra(アヴィーラ)ではなく、

avira(アヴィラ)と書かれています。

梵字が違いますね。

これでは勇者の意味にならない。

永い年月の間に、間違ったまま伝えられているのでしょうが、

ちょっともったいないですね。


『秘蔵記』にも、

「本不生は阿卑羅吽欠(あびらうんけん)なり」

とあります。

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[ 2019/01/29 10:30 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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