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子どものころ


いただきます。

と言ってから味噌汁をすすると、

胃が動き始める。

特にアクのある野菜が具にあると、

それは陰性なので陽性な味噌と合い、

胃の蠕動が高まる。


それはさておき、

毎日寒いけれど、

夏を思い出せば、人生寒い日ばかりでなく暑い日もあることを、

身体が知っている。


今は不幸でつらく苦しいとしても、

子ども時分の写真を見れば、

にこやかに笑い、幸せそうな自分を見つけることができる。

僕の中に、

全く幸せが無いわけではない。


幼い頃の我が子の写真を見ても、

そこには幸せがある。

それは、

仏性のように本質的なものかもしれない。


家の子はもうすでに大人になっている。 

幸せになってほしいと願う気持ちが、

我が子だけではなく、よその子も皆そうあってほしいと広げることで、

幸せは大きくなる。

しかし、

大人の世界が充実していなければ

子どもの不幸を生む可能性は高い。

親が落ち着いて暮らし、

健康でいることは、

子が幼いほど大切である。



子どものころ、

いじわるをして、ウソもついた。 

あのころ、

悪いことをしてはいけないと教わっても、

それがなぜなのかは聞いたことが無い。

ダメなものはダメなのだ、

と感じていたから。

そして、

ウソでもホントでも、

相手の最も痛いところを突く、ということはできなかった。

それは最も卑怯なことで、それをやれば、すべてを失うから、

と感じていたから。

大人になると、

その気持ちが薄くなるのだろうか。


子どものころ、

名誉やお金持ちにあこがれた。

欲しいものがたくさんあり、

手に入らないから工夫したり、

興味を移動させ、

身の程で暮らしていた。

大人になると、

その分際分限がわからなくなる。

自分が積み重ねてきたものに重きがあり、

自然、社会など、

他からの助けを軽く見るからだろうか。


味噌汁をすすって、

お腹を温めると、

そういう反省もできるようになる気がする。










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[ 2018/02/05 07:10 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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