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恋文
中学生のころ、

母の影響で藤村を読んだ。

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ

なんて今でも覚えている。

そして、

暮れ行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛

と思い出しながら、

旧中仙道を走って飯田の寺まで通っている。


もうひとつ覚えているのが『初恋』

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

そんな少女に出会いたいと思っていた。



芥川の『恋文』は、

文ちゃん。

僕は、まだこの海岸で、本を読んだり原稿を書いたりして 暮らしてゐます。
何時頃 うちへかへるか それはまだ はっきりわかりません。
が、うちへ帰ってからは 文ちゃんに かう云う手紙を書く機会が
なくなると思ひますから 奮発して 一つ長いのを書きます 

以下、文ちゃん、文ちゃんと続く。

全文はこちら
http://www.ichinomiyakan.com/akutagawa/000.html


結婚後は、

「文ちゃん」ではなく、「お前」と呼ぶようになる。


僕も、

ちゃんづけで女の子を呼びたいと思っていたけれど、

その希望は叶ったかな。


学生時代、

今の渋谷109北側にあった恋文横丁へ通った。

先輩に連れられ、

「恋文」というカウンターしかない狭く汚い焼き鳥屋で、

人生の多くを学んだ。


今日は恩師の祥月命日。

今も蓮台の上で修行と説法をしている師へ、

恋文を書くようなつもりで十一面観音の修法。


 

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[ 2018/02/04 07:43 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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