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心の探求 1

先日、『維摩経』ってどんなお経ですか、

と縁者から聞かれました。

学生時代に仏教概論の講義で、

これはドラマ仕立てになっているからおもしろいよ

と教わったなあ。


主人公(維摩居士)の病気見舞いにいった菩薩たちが、仏教についていろいろ話します。

生と滅、垢と浄、善と不善、罪と福、自我と無我、迷いと悟りなどの相反する概念は、

もともと二つに分かれたものではなく、一つのものであるという話。

そして、

そのような対立するもの、相対する概念を超越したところに解脱の境地があるということを、

主人公は沈黙を持って示します。

岩波現代文庫に入っていますので、関心のあるかたはどうぞお読みください。


この経典のなかに、

心清浄なるがゆえに有情清浄なり

という言葉があります。

山は山、水は水、あなたはあなたで、それぞれが真如の妙体。

清浄でないものの姿は、清浄でない心の反映、ということ。


『釈論』には、

自分の心・仏・衆生が三平等であると知る心が、真理の根源、万有の本体であり、

善悪、美醜、大小、優劣の別相は不平等心に映る仮像

とあります。


僕らの本体は、

その中に仏の性質を具えている

ということで、

それが、心という姿をとります。

心という現象は、それが仏そのものであるという真理と一である、

ということ。


すべては平等であり、ふたつに分かれたものは元々ひとつのものである

というのは事実ですが、

それが清浄である、というのは価値判断。

仏教は、そういう立場です。

 

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[ 2017/06/17 06:45 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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