忍者ブログ


慈悲の怒り
不動明王のお姿は、身体が青黒色で大忿怒の形。

その怒りで、自他の罪障、難降の類を焼き尽くします。

自他の罪障、難降の類とは、自分の中にある煩悩のこと。

怒りの対象は相手ではなく、自分自身です。



僕らがいつも唱えている『理趣経』には、

怒りで煩悩を取り除くことが説かれています。


怒っちゃいけないよ、 

怒ると身体に悪いよ

というようなことではなく、

オレの言うことを聞け、

というようなことでもなく、

差別と対立の無い怒りです。

自分と他を分ける仕切りの無い怒りが、煩悩を止滅し、他を救います。


貪りわるしと かたよりて

いさかいすべき ものでなし

怒りわるしと かたよりて

いさかいすべき ものでなし


そのような仏の怒りは、観る角度によって、微笑にも悲しみにも見えます。

優しさと悲しみを持った、余裕のある怒り。



ダライ・ラマ猊下は、

慈悲の心にもとづいた怒りは必要です。社会的な不正を座視していてはいけない。

怒りには、慈悲から生じるものと、悪意から生じるものという、二つのタイプがあります。

心の根底に他者に対する思いやりや慈悲があって生じている怒りは、有益なものであり、持つべき怒りです。

他者を傷つけたいという悪意から生じる怒りは、有害で鎮めるべき怒りです。

悪意からの怒りは人に向けられます。

しかし、慈悲からの怒りは人に対してではなく、行為に対して向けられます。

ですから原因となる行為がなくなれば、怒りも消滅するのです。 

と言っています。



酸味が足りずたんぱく質が過剰なら、腎臓が傷んで恐れが強くなり他を攻撃し、

脂肪が多く辛味が足りないなら、肝臓が傷んで耐え忍ぶ力が弱まる

ということもある。




PR


[ 2015/11/19 10:18 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

コメントを投稿する






<< 落葉の精進料理  |  ホーム  |  左利き >>