忍者ブログ


断食と食べすぎは同じことである。
ご飯にはお米と同量の水分があり、

味噌汁・野菜スープと漬物には、水分と陰性なカリウムが多い。

漬物は、

キュウリの塩もみや、トマトに塩とレモンを振ったもので良いのだけれど、

それらは夏の味である酸味。もちろんかんきつ類も。

カリウムも水分も酸味も陰性なので、

余分な塩気を溶かして血液を適度に薄める。

つまり、身体を冷まして血行を良くするので、たくさん食べましょう。

魚の陽性はきゅうりで、卵鶏肉のそれはトマトでよく溶ける。


カンピョウ、高野豆腐、糸昆布、大根、人参の煮物。


乾物と野菜を炊けば、野菜の陰性なカリウムを含んだ水分がたくさん摂れ、

塩気と火の陽性があるのでお腹が冷えない。

夏のお惣菜です。



それはさておき、

摂食、性行動、身を守る攻撃、平衡感覚、呼吸、安定な姿勢を保って歩く、

などは本能的な行動で、心は関係していないように思われます。


また、

見たもの、聞いたこと、肌で感じたものは、

目や耳や皮膚の感覚器が受け止め、大脳へ信号を送る。

そこでも、

「私の心」は何もしていないように見える。


血中のブドウ糖濃度が低下して、その情報が脳へ送られ、摂食中枢がキャッチして、

食べ物を食べるという本能的な行動も同じ。

しかも、

石ころやウンコは食べずに、食べ物であるべきものだけを食べる。


でも、

空腹なのに断食する

満腹なのに食べる

食べるべきではないものを、わざわざ食べる

などは心が行うレベルで、

心が運動神経に電気的信号を送っている。

そして、

心はそれらの行動を記憶する。


心が関わらない本能的な行動に善悪は無いけれど、

心の行動には善悪や 自他の区別がある。


認知、思考、感情、意志、創造なども心の働きで、

それによって脳と身体が反応するのだけれど、

本能的行動と心が関わるものとは、何が違うのだろうか。


前者は自然の制約があり、後者はそれがないから自由。

だから、

心は自由の根本、ということで、

自由があるために自我が起こり、自他を区別する。

迷いと煩悩の始まりである。


もうひとつ大きな問題は、

人間は自己・自我を実体があり不変なものであると自覚していること。

肉体も脳も心も、宇宙も自然も、常に変化する無常なものなのに、

不変で無限な自我を考える。

無常なものが不変なものを考えるとは、おかしなことで、

自我も心も脳が作ったもの。

諸法は無我である。



PR


[ 2017/07/03 16:30 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

コメントを投稿する






<< 高血圧の降圧剤と食べ物  |  ホーム  |  富士額 >>