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死者の語り、生者の呼びかけ
仙台で縁者の法事を勤めた後、荒浜・深沼海岸に行きました。

ここは300名近いかたが亡くなり、今も行方不明のかたが多い。

全て流されたからとても広い大地になり、処理業者の重機が働いています。

以前は仙台近郊の賑やかな海水浴場だった深沼海岸には、津波被災者供養の大きな観音様が建立されています。そこで読経。

堤防を越えて波打ち際まで歩き、皆さんからお預かりしていた供養のお札を海に流して読経。風が強くて砂が耳に目に入る。


16日付朝日新聞文化欄に、キリスト教碩学の宮城学院名誉教授・山形孝夫先生が書いています。

「・・・・・

被災地には人には明かしえない無念の思いが黒い海の記憶とひとつになって
忘却の時を待っている。生者も死者も待っている。言いたいことが山ほどある。

ごめんね、ママが助けてあげられなくてごめんね

母親達の声にならない声である。

その呼びかけに答えられるのは誰か。

大丈夫だよママ、ごめんね、ずっとママを見守っていくからね

こうした生者と死者の「語り」が「花は咲く」にはおおらかに歌いあげられている。それが涙をさそうのだ。

だがそれは悲しみの涙ではない。死者と未来へ向かう優しい希望の声のようなのだ。

・・・・・。」



荒浜・深沼には土曜日と言うこともあってか、多くの人がお参りに、ボランティアに来ていました。若い人が多い。

彼らを含め世界の若者の未来と希望がすばらしいものであるよう心から祈念し、人類が今までと同じように発展進歩することを一心祈願いたします。


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[ 2013/03/17 07:34 | 米ぞうの家 ]



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