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特別な日
正月は食後に餅を食べる。

今日も、

食後に母がストーブの上で餅を焼くので、

大根おろしにからめて食べる。


年末年始の仕事を減らすために、

もちを大量に搗くのだけれど、

もちを食べれば正月気分になるのだけれど、

こんなに食べても大丈夫だろうか、

と毎年思いながら食べて、

毎年大丈夫だから大丈夫なのだろう。

とにかく、

少なくとも松の内は特別な日々、正月は特別な月である。


記念日誕生日、お節供お祭り、入学式卒業式、冠婚葬祭、

初めての日、最後の日、

特別な日は少なくない。

そうして特別な日が増えれば、

毎日が特別になる。

これらの日は、

旬を味わい、衣食住を改め、

心をあらたにして、襟を正して生きよう、

という節目になるから大切である。

しかし、

 特別な日でも、苦しいことや悩むことがあるかもしれない。

それは、

自分が至らなく、努力が足らない、勉強不足が原因であるのだけれど、

それを社会や環境や誰かのせいにすることもできる。

こんなことになるなんて、

神も仏もあったものか、と思うこともできるし、

これが神意仏意であるとも云える。


僕が坊主になった時に、

お蔭の無いのがお蔭である

と教わった。

それは戒めであり、仏のサインである、と。



ちゃんと受けているのに本人が気がつかないことがあるだけで、

おかげは必ずある

疑いを持ってはいけない

自分が至らないだけのことなんだ

と覚鑁さんの『末代真言行者用心』にもある。



仏の世界をマンダラと云う。

道範上人 は、

苦しみは胎蔵マンダラ(慈悲の世界)と云う。



苦しみや悩み、人生の荷物は、

それを経験してきたという実績になり、

それがあるから今の自分がある。



僕にとって、

今日は特別な日だった。

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[ 2018/01/05 17:43 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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