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犬も猫も
禅の公案でポピュラーなものに

「犬にも仏性はあるか」(『無門関』)

があります。

犬も悟れるのか、犬も仏なのか、犬にも幸せになるための智慧と慈悲があるのか。



実際の犬と、頭の中で思う犬とでは違う。

目の前にいる犬でも、脳のフィルターを通して思った犬は妄想だから仏性は無い。

そもそも、有るかと無いとか、というレベルではまだまだなんでしょうな。


そして猫は?





それはさておき、

好きな人、大切なもの、夢、希望、自信、仏

そういうものがあるなら、それをじっと思惟し見つめます。

眼底に焼き付ける。

毎日それを続ければ、自分の中にそれが染みこみます。


そして、

その大切なもの、人の名前を常に唱えます。

布団の中でも、ウンコをしながらでも、電車に乗っても、

いつも心の中で唱えます。

そうすると、大きく広いそれらの中で、自分がはぐくまれていると如実にわかります。

大きな宇宙と、自分の内なる宇宙がひとつになり、溶け合う。 

生と死、極楽と地獄、仏と自分という区別が無くなる。


 

『三昧戒序』には、

身体と言葉と心の修行により、それが仏と同じになれば、

智慧と慈悲の光明は全宇宙に広まって根本的な闇はたちまち消え、

迷いは悟りになり、毒薬も薬となる。

そこに住することを三昧(秘密の三摩地)という。


とあります。


『瑜伽師地論』には、そこに住するための具体的な方法が書かれています。

修行に適切な場所、適切な床や寝台、服装

坐りかた、歩きかた

が説かれます。


そして、呼吸の工夫ができたら、

精神集中

これによって、ものを考えるということ、貪り、怒り、慢心、疑いの心がどのように起きるのか探求します。

例えば、

なぜ貪るか、その貪りはどこからどのようにして起きたのか、を思惟します。


次に心を一つの対象に住する。

これによって、食や性の欲望を欲しいままにした後にはその欲が去ってしまうように、心の動きを慮ることによって離欲の念が生じます。

離欲と放棄は悟りの条件。


最後に三昧。

精神をひとつに集中し、それを時間や場所に限定せず、平等に維持します。

すると、一切の妄想から離れ、心身が静かな境地に安住します。

そして、常に正しい認識を得、正しく分別できるようになる。


犬も猫もそれができている、かな。


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[ 2014/09/02 11:07 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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