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略式の人生 1
平成元年(1989)の夏、

和歌山県中部の田舎町にある自然食品店へ行くと

これからハルマゲドンが起こるから、

まじめに修行しなければ生き残れない

と、店主らしきおばあさんが云いながら、

孫娘に昼ご飯を食べさせていた。

お弁当箱に入った冷たい玄米ご飯に、生卵をかけたものだった。

こんな田舎のおばあさんが、

と驚くとともに、とても奇妙な感じがした。


そこにいた若い男性は、台湾で修行をしてきたと云う。

その内容は、

高野山の僕らが一年かけてやることを一週間で行う。

なんだかすごいもののようだった。



平成2年(1990)

高野山での生活を終えた僕は、東京の小さな寺に世話になる。

密教の修行カリキュラムの中に加行があり、

それは262日を必要とするボリュームである。

高野山の道場では、そのうち90日程度を行う。

残り日数分をどこで行おうかと探していた時、

その寺が、

好きに使っていいよ、

と場所を提供してくれた。

262日+αの作法が終わる頃、

そこの住職が新しい寺を建てることになった。

都会の仕事や生活で疲れた人が、

心を癒やし、のんびり過ごせる寺にすると云う。

写経や座禅や精進料理などでリフレッシュして、また都会に戻ってがんばれるように。

ついては、アンタにその寺を任せたい。



建設予定地へ行くと、

そこは自然豊かな美しい土地で、目の前には富士山が大きくそびえていた。

ここであれをしよう、これもしよう、などと住職と話し合った。


そんなことを考えているすぐ近くで、

強大な施設が作られ始めていた。

サティアンと呼ばれ、

そこの人たちが世間を騒がすようになっていく。 

そして、

こんなところに寺なんて建てらない状況になり、

僕らの夢は頓挫した。


・・・続く、
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[ 2018/07/09 07:46 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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