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目鼻立ち
お暑うございますが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

さて、

会津と長州、イスラエルとパレスチナ、栃木市と宇都宮市

当事者でなければ分からないような感情が世の中にはあるようです。


僕が30年近く医者へ行かずに済んでいるのは、たまたまの偶然ではなくて、特別なことをせず、普通(旬)の食生活をしているから、と思っています。

人間の心も、特殊なことを思わず、普通自然ならば、それほど苦悩にもならないと感じています。


眼は心の窓、などと申しますが、

明るく輝いて、角膜に曇りが無く、眼球が自由に動き、眉毛も引き締まっていれば、肝臓が健康で、落ちつきと冷静さがあり、忍耐力も優れています。

そして、下まぶたが桜色なら大吉。


鼻は自我を象徴する、と人相学ではとらえており、

学問をすると顔の諸筋肉を多く用いるので鼻が高くなり、

足を使うと顔の左右の頬骨が真ん中に寄り、鼻が高くなります。

まあ、あまり鼻高々なのは目障りなものでございますが。



汚らわしいものは眼を閉じれば見えず、臭い物は鼻をつまめば匂わない。

同じように、心を閉じれば争いや怒りが消え、静けさと平安を得ます。


それは瞑想行によって訓練することが可能。

姿勢良く坐り、

目を閉じてひとりになり、無言。


聞こえるものがあっても関心を持たない、ただ聞こえるだけ。

匂うものがあっても関心を持たない、ただ匂うだけ。

蚊が飛んできても興味を持たない。

ただ羽音が聞こえ、刺されて痒くなるだけ。気にしない、関心を持たない。

何か思い出しても、気にしない。忘れてしまう。

こうしなければ、ということがあってもとらわれない、こだわらない。

自分の思いかたを変えることで変わること以外は諦めるのがいい。



だんだんいろいろなことがどうでもよくなればしめたもの。

ただ、坐っているだけ。

生きていることも忘れ、何も考えない。

脳内の血液が流れ、何かをしている、脳細胞が勝手に動いているだけ。

広い野原に、風が吹いているだけ。

この風は執著という煩悩を吹き消す。

その状態を涅槃と言います

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イライラもない、不安も迷いもない、慢心貪り、疑いもなく

同じように、幸福感も喜びもない


ただ、目に見える、耳に聞こえる、脳が動くだけ。

風が吹くだけ。暑いだけ。



そのような寂静の世界で、しばし過ごせば、もう何も不安も困難も無い。暑さも寒さも無い。

そんなことは元々無いのだから。自分が勝手に作ったものだから。

そのような時、

鼻筋がきれいに通り、目は静かに輝きます。



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[ 2014/08/05 10:43 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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