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瞑想と深層心理
蒸し暑くなってまいりました。この時期は乾物と酸味がよろしい。

グルテン料理やトーストも梅雨時に合う。

家の周りではカエルの声がよく聞こえます。


息子が経を読むのを聞いた人が

やっぱりカエルの子はカエルだねえ

と言う。

うーん、

その言葉は、

「子は親の歩んだ道を歩むものだ。凡人の子はやはり凡人の子である(日本国語大辞典2)」

という意味で、身内について謙遜して言うもの。他人に言う言葉ではないのだけどなあ。

まあ、いいか。僕は凡人だから。



それはさておき、



ある程度長い期間、睡眠・食事・会話を制限して、瞑想などの行法を修していると、感覚がとても鋭敏になります。


普段は聞えないような微かな音が聞こえたり、いつもは匂わないようなわずかの香りを感じたり、ほんの小さなものも見えるようになります。


お線香が燃える音や蝶々が飛ぶ音が聞こえる、自らの死臭(一週間位断食断水すると、ハエがたかってくる)がする、・・・・。

わずらわしいものでもあります。


そのように五感が鋭くなると、普段は不思議と思っていたものが、そうではなくて自然界のあたりまえのこととわかります。普通の物理的生理的な現象であると。

なぜこんなことが起きるのだろうか、奇跡かしら、偶然かしら、神さまのいたずらかしら、

なんていうことが、

元素の化学反応に過ぎないことを知ります。


前世や霊など不可視の世界が見えても、幽体離脱を経験しても、それは感覚が鋭敏になった為の幻覚に過ぎません。


何かが見えるのは脂肪の、聞こえるのはたんぱく質の影響です。


肉卵の陽性な脂肪たんぱく質が身体にたくさん残っていると、それが排毒するときに陽性な音や景色が見えます。

排毒されないで身体にとどまっている間は見聞されず、身体にたまります。

乳製品大豆魚などの場合は、陰性なものを見たり聞いたりします。

同じように、夢と内臓と食べ物も関係があります。

怖い夢を見るのは腎臓の疲れ⇒たんぱく質の過多⇒改善したい時は酸味や辛味の野菜で。

などなど。



心を自在にコントロールできると、毎日が過ごしやすい。


心をコントロ-ルできなければ、煩悩が滅せず、衰えた肉体にもかかわらず執着が残るから、ちょっと醜いし面倒。



仏教の瞑想行では、

見る聞く嗅ぐ味わう触れるの五感を制御します。見るだけ、聴くだけにする。他を気にすることを止める。

そうすると意識をコントロ-ルできるようになります。

それを続けると、私が、私の、などという自我を滅することができます。


僕らの脳内にはそれら意識や自我の住居があります。そこが集団的無意識などの深層心理がある場所。

瞑想を積み重ねて、そこの動きを観察し、制御します。


そして、無我と諦観(「比べるものが無く」「何もいらない」「どうでもいい」)がもたらされます。

即ち、生死の迷いから解脱する。



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[ 2013/06/04 07:47 | 米ぞうの家 ]



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