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私は何者か?
真言密教では

我即法界(我は宇宙のすべて)

我即大日(我は大日如来)

と云います。修行してそうなる、と。


真言宗は大日如来の教えです。

常用している『理趣経』も、
 
帰命毘盧遮那佛(大日如来のこと)で始まり、

毘盧遮那佛

と念仏して終わります。


真言宗はまた、真言を唱える宗派です。

お大師さんは、都の大学を中退後、遣唐使として入唐するまでの期間、

何をされていたのか不明な部分が多いのですが、

その間、大日如来を拝んでいた、学んでいた、

と金山穆韶先生がおっしゃっていたということを、

田中千秋先生から聞いたことがあります。

金山先生は、高野山大学学長、高野山真言宗管長を歴任し、

行学兼備とうたわれた昭和の名僧。

その金山先生は、

常に真言を唱えており、

まだ新幹線の無い時代に、

長い東京までの車内でも、ずっと唱えていたらしい。

何を唱えていたかといえば、大日の真言。

それも田中先生から聞きました。


千葉県野田市金乗院住職で、

アビダルマ 研究で著名な加藤純章先生とお話した時、

あんたは大日如来かね

と聞かれました。

大日如来のお姿は、

顔はひとつ、手足は二本づつ、人間と同じで、

人間のように身を装飾しています。


大日如来は宇宙法界ですから、とても大きい。

その中に多くのいのちを抱えています。

それらも大日の三昧耶形(象徴)で

大日の等流法身(ともなる身)

 
つまり、

私は(私以外の総ても)大日如来である、

と云ってもよいのだけれど、

本来そうでも、現実には違う。

なぜかといえば、自我に執著しているから。

無限の大日に、有限の私が出会うと、

私が消えて吸収される。

無限大のものに摂取されたとき、我即大日になる。

私は大日(無限)だけれど、「私(有限)」が残っていれば大日では無い。

その無限大のものに気がつくことが、如実知自心。


『大日経』に、

悟りとは「実の如く自心を知ること( 如実知自心)」

とあります。



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[ 2019/06/10 15:39 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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