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納め不動
雪が積もると、そこに一番最初に足跡をつけたい、と思うのは純真な僕らの気持ち。

僕は早起きだから、今朝も一番に足跡をつけた。

息子の中学校に行ったら、野球部の子らが広い校庭の雪上に大の字になって寝ていて、なんだかとてもうらやましかった。

でも、雪もたくさん降るとちょっとつらい。


冬は雪下駄と長靴で過ごしていたのだけれど、今年はスノーブーツとやらを買った。


けれど先日、それを履いて郵便局の駐車場で滑って転んだ。

転ぶなんて何年振りだろうか。


恩師・田中千秋僧正が、

寒い高野山で暮らしていると、その上、歳をとって元々弱い身体がさらに衰えてくると、年に何度か大げさに滑って転ぶ。ここは危ないと思っているところで転ぶ。

それが何年も積み重なって、だんだん身体の傷みがたまってくるというようなところがある。

難儀なことだけれど、そういうもので、身体が枯れてくるとともに欲も枯れてくる。

そして楽になる、身体は弱くなってくるけれども・・・・


僕も雪で転ぶくらいに衰えてきて、田中先生に近づいているようで嬉しい。



夜『法華経』を読む。「譬喩品」にあるのが火宅の人。

ある大きな家で火事が起き、火が勢いよく家を包もうとしているのに、中では子どもらが遊びに夢中。怒鳴っても出てこない。

その子らを助けるために

「ほら、出ておいで。外にはもっとおもしろいおもちゃがあるよ」



僕らは煩悩の家に閉じこもって、執着の中で満足している。

その家が煩悩の火で燃え盛り、焼け死んでしまうことも知らずに。

ただ、智慧によってのみ外へ出て助かることができる。


全ての病気は煩悩由来で、病気は排毒であり、症状があれば排毒している、ということ。

だから、病気になれば病気にならない。

心も同じ。心に動きがあるのは、排毒していると言っていい。



自分の気に入ったものについては、何かと理由をつけて肯定しようとするのは人間の本性で、これも煩悩だけれど、それだけだとうまくいかないこともある。

だから、勉強したほうがいい。



あなたのことが好き

ということはただそれだけのことであって是非は無いのに、

「なぜ好きなの?」

と聞かれることが少なくない。


なぜ?

と聞かないと気が済まないのは、煩悩のためである。

理由はあるけれども、理由があるということだけで済ますのがいい。




煩悩の中でももっとも面倒なものが貪りと怒りと無知ですが、それを滅することは可能。

正しい生活、食事、呼吸、生きる姿勢、論理的思惟法などの他に、祈りと言う方法もあります。


本日10時より納め不動。今年最後の護摩供で、煩悩を焼いて世界の平安を祈願。津波で縁者を亡くされた方々が書いたお写経も焼きます。

みなさまも少しだけ拝んでください。


ともあれ、今年もお世話になりました。良いお年をお迎えください。


来年はサーファーになるんだ。
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[ 2012/12/28 06:14 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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