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般若心経は行じるもの
新幹線車中で具合が悪くなり、

どうしようもないから、うづくまって般若心経を唱えていたら回復した。

般若心経はやっぱりすごいですよ

と年配の女性が云う。

こういう話はよく聞きます。


お経を唱えれば願いがかなう

などということは、あるわけがない。

お経に書いてあるように修行して真如を悟れば、

人格が向上し、心に混じりけがなくなり、
 
自我への執着がなくなるので願いがかなうのである。

同じように、

お経を唱えれば故人が成仏するのではなく、

お経に書いてあるような生きかたをして、

仲良く楽しく暮らし、立派な人になれば、故人の供養になる、

ということでしょう。


般若心経には

色即是空とか、不生不滅とか、空などの説明が書かれています。

それを支えるものは瞑想修行。

宇宙の成り立ちを物理化学数学で考え、

望遠鏡や人工衛星で確認するのと同じかな。


ある対象に注意を集中して瞑想を続けると、

その対象の名前や形は消え、

迷い不安悩み苦しみなどの、

考えるもの、表現されるもの、知覚されるものも消え、

最後まで残っている最高の真実は、

生じもせず、滅しもせず、作られたものでもなく、変化もない 。

それはすべての規定を離れて、静寂で清浄。

迷い、苦しみは無い。

それが色即是空、不生不滅、空。

お経を唱えるだけでは何もわからない。


ところで、

『般若心経秘鍵』には、

その空の世界はまだ二流で、完全なものではないと書かれています。

密教は、

自分が宇宙本体(仏)そのものになる、

という瞑想修行によって、

世俗をそのまま最高の真実に引き上げようとします。

その時、

行者は真実そのものになる。


今の世界、今の自分を転換して、

再評価するのです。



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[ 2019/02/11 06:37 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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