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言葉雑感
娘が作ったお弁当のおかず、野菜を揚げたものが余ったので息子と取り合ってご飯に載せ、大根おろしと醤油をかけて天丼にする。


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そもそも天ぷらとは江戸前の小さい魚やエビを揚げた食べ物の名で、野菜を揚げたものは精進揚げ、または単に揚げ物と言う。

「野菜のてんぷら」というものは存在しない。てんぷらのタネは魚介類のみ。

だから我が家のそれは正しくは天丼ではなく揚げ物丼である。ウチは野菜しかないからね。

言葉は変わっていくものだから、読み方に拘泥する必要はないのだけれど、どうも耳障りに感じる言葉は少なくない。


僕が「ふれあい」という言葉に触れた最初は、中村雅俊の声だった。

彼が歌っていたように、ふれあいとは何気ないもので、ひとりでは生きてゆけないと感じた時に、ふと必要となるもの。

蝶の羽を、傷めないようにそっとつかむ感じ。


最近のふれあいはどうも違うよう。やたらと触れ合いたがる。

ふれあい祭り、なんていうのは名前を見ただけで参加したくない。



見れる、食べれるの類を、子どもが会話や口頭で使うならまだしも、文章で見つけると読む気は無くなる。

どうして見られる、食べられる、または見ることができる、食べることができる、と書かないのだろうか。



これから〇〇を始めさせていただきたいと思います。

なども気持ちが悪い。そんな言い方はおかしいと感じないのだろうか。

~を始めさせていただきます、も、

~と思います、

もダメ。

どうして、  

これから〇〇を始めます。

ときれいに言わないのだろうか。




あの三島由紀夫の事件で、僕らは檄文というものを初めて知った。

翌日の朝刊一面に、三島の首が写っていた衝撃は忘れられない。


檄文は遠くにいる同志や大衆に、意見主張を伝えるための文書。

目の前にいる人に檄は飛ばせないのに、今は狭い球場内でも飛ばせるらしい。




ナイターなんて素敵なカタカナ語もあるけれど、なんだか安定感の無い言葉もある。特にマ行と濁音が混ざっている言葉。

耳障りだ。
 
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[ 2012/10/15 17:08 | 米ぞうの家 ]



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