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追善供養は何を拝むの?
ご本尊さんを供養する多くの次第には、

「一切有情は如来蔵を具す」(慈無量観)

唱える理趣経には、

「一切有情は如来蔵なり」(第十二段)

とあります。

如来蔵(にょらいぞう)は

誰もが仏の本質、仏になるための原因を持っている、

ということ。

仏性と同じような言葉です。

迷いによって覆われるかどうかの違いがあるのだけれど。

いづれにしても、

これを開発すると、

仏になる、成仏する、悟る、完成する。


お大師さんの『性霊集』には、

故人の周忌法要の願文が28種、載っています。

それらは、死者の追善菩提を願うものですが、

大日如来の悟りの境地にいざないたまえ

と、成仏することを祈願しています。

如来蔵である誰もが、

死後において成仏することを願う。


通常、

生きている人は、三密瑜伽という修行によって、悟りの境地へ出られます。

つまり、如来蔵が開発されて成仏する。

しかし、

三密瑜伽の機会を持たないまま、

死によって如来蔵が可能性のままに残される人の成仏を願う。

さらに、

その功徳によって、

全てのいのち、存在の成仏を願う。

なぜなら、みな本来仏だから。


そういう構成の願文になっています。


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[ 2019/03/19 09:04 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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