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静座念光
納骨をして墓前で拝む。

墓地は暑いですねえ、

と、みなさんが云う。

帰りに寄ったガソリンスタンドの店員に、

暑いねえ、

と言ったら、

ここはコンクリートだからまだマシですよ、

アスファルトは堪らないです

と云う。

へえー、そんなことは気にしていなかった。

コンクリートは放射性同位元素を多く含 むから、放射線量が比較的高くなる、

というのは、あの日以降、知っていたけれど。


それはさておき、

お盆の前にお墓参りをするところは多いでしょう。

ご先祖様を迎えに行くとか、

家に来てもらう準備をする、

ということかもしれない。

いろいろ風習がある。

ご先祖さまは、お墓にいるのか、

極楽にいるのか、それとも仏壇の中か、

と考えれば、心の中にいる。


水に映る月のように、

水面の数だけご先祖様は映る。

心の水鏡がきれいなら何でもよく映る。

その鏡を磨いて、よく見えるようにするのが修行。


祈りの基本は自分の内側に懺悔し外に感謝する。

お墓はそこにご先祖さんがいるように感じられるから、

懺悔感謝しやすい。場所の力がある。

故人に対する自分の行いを懺悔反省し、

故人の言動に感謝すれば、

同じように現在生きている人にも、

それができるようになるかもしれない。

場所に関わらずそれができるようになれば、

自心は平安になる。


懺悔と感謝によって今の自分の生活がより良くなり、

健康で楽しく仲良く立派に生きていれば、

ご先祖さまも、生きている家族友人も喜ぶ。

故人のため、

というのはそういうことで、お経を唱えるだけでは供養にならない。



供養はその相手を尊敬することですが、

供養の最大は菩提心を発すること。

誰でも懺悔反省すれば仏になれるのだから、そうしようと勧めること。

誰でも仏なのだから、軽んじないこと。

例えば、わがままな心から優しい心に変わるように、

怨みねたみが慈悲深い心にかわるように、

子どもの考えかたが大人の思考に変わるように、

心は変化するから固定した実体はない。

だから執著せず、より良い心を目指すこと。

そして、

ご先祖さんにも有縁無縁の縁者にも、

懺悔反省できるよう、何でも映るきれいな心になるように観ずる。

その方法は、

「 息を調え心を鎮め清く妙なる光明を念じながら、

 息の自然の出入りとともに静かに徐に遍照無碍の霊光を心身全体に呼吸する

 心おのづから霊光と融合して明朗の一念に安住す」

と『大日の光』にある。





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[ 2018/07/23 08:00 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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