ブックオフで中古CDを買って聴きました。
『牡丹灯籠-栗橋宿』
この噺の前に「お露と新三郎」「お札はがし」があり、
後には「関口屋のゆすり」があるという長編で難しい噺ですが、
歌丸師匠の鬼気迫る力強い話芸に身震いしました。
牡丹灯籠は怪談ですから幽霊が出てきますけれど、
幽霊以上に恐ろしいのが人間の業。
色と金、疑いと裏切り、殺しと仇討ち、それらが複雑に絡み合う噺です。
現実でも、
何を想い、何をしたか
それが人生を作る。
あの世とか霊魂は脳の中にあるものですが、
怖いのは死んだ人の霊ではなくて、生きている人の想い。
そういうことは、普段にもよく感じられることです。
『菩提心論』には
人が財宝を貪り欲するとせば、まずその財宝を志求する心を発起し、
その財物を経営するに足る行いをなさねばならぬごとくに、
すべて善にもせよ、悪にもせよ、
人がこれをなさんと欲せば、まずこれをなさんとする志をかかげ示し、
しかして後、その志を成し遂げうる行いをなさねばならぬでである
とあります。
悟りを求めるにしても同じ。
悟りには、
みんなが楽しく生きる行為=慈悲心
存在とは何かを知る智慧=向上心
有るがままの世界・絶対自由の心を得る修行法
が必要で、
それによって今の肉体そのままに仏を実現する
というのが密教の立場。
恐ろしい人間になるか、仏になるか
心と行為によるだけ。
台所に入ったらカレーばかり。
野菜のカレーが少し残っていたので、芽キャベツをごま油で炒め、塩蒸しして加える。
娘が作ったグリーンカレーはものすごく辛いので、
レンコンをソテーし、甘味を出して載せる。
ぬか床が空席状態なので、ヤマトイモを漬けた。
それはさておき、
S家のご法事で、元刑事の喪主さんから伺った話が興味深いものでした。
昔と違って、悪いことをするヤツは絶対に謝らない、
と。
そして、
昔の書類は縦書きなので、文章を読みながら首を縦に動かしたけれど、
最近は横書きなので、みな首を横に振るようになった
とも言う。
だから、
ごめんなさい、と首を縦に下げられないのだろうか。
縦と横では
タテは陰性、ヨコは陽性。
今は、陽性過多の人が多いのだろうな。
陽性な子はイヤイヤをする。
完全に解凍せず、絞らずに炊いたほうが滑らかに仕上がります。
同じ鍋で、
残りご飯にレンコン・ゴボウを混ぜてお揚げに詰め、一緒に炊きました。
昨夜は寒かったから、こんなメニュー。
それはさておき
お焼香は何回すれば良いの?
はよく聞かれる質問です。
心を込めて一回がよいでしょうね。
僕らが修法する際には、焼香のタイミングや作法が『秘蔵記』などに書かれていますが、
一般のかたに決まりはありません。
もちろん、3回でも10回でも100回でもダメというわけではありませんが、
お葬儀や法事などでは、他の人に迷惑をかけないよう、
姿勢よく上品に、一回でいい。
回数を気にするより、
名香を持参して、懐中から香包を出して焼香すると、とてもよろしい。
緊張して焼香ではなく火種をつまんでしまう方もいらっしゃいますが、
あまり周囲を気にせず、
故人の菩提やご遺族の平安をお祈りしてください。
お線香の場合、
参列者全員で立てる必要はないのですが、
立てるなら、次の人が立てやすいように香炉の奥から順に。
そもそも焼香とは何かといいますと、
『僧史略』には、
香を信心の使いとする
とあり、
『大日経疏』十一には、
花や香は、心を持ってこれを加持せよ。
と書かれています。
また、
淡々と燃え進む焼香は「精進」の象徴であり、 焼香する行為と精進の生活は同じ功徳、
というよりも、
普段、努力精進していない人が、いくら焼香しても意味は無い。
焼香の功徳について、
『観自在大悲成就瑜伽』には、
礼しおわって・・・すなわち香を焼け、この香気をもって諸悪鬼神などを逐い除う。
とあります。
もちろん、
諸悪鬼神は心の中にいます。
インドでは、
死んでから来世を迎えるまでのあいだ、つまり肉体が無い時の食べ物が「香り」と考えられていました。
ガンダルバ(食香)と言います。
ですから、
ご本尊さんやご先祖さんは、お供えしたご飯や果物の香りを食べているんですね。
人には徳の香りがあります。
その香りは世界のすみずみまで行きわたり、
その人が死んでも、香しく残る。
せめて良い香りの人間になりたいものです。
と時々聞かれますが、
どちらでも良いです。
僕は、
頼まれれば書いて開眼供養しますが、
こちらから催促することはありません。
お塔婆は卒塔婆(そとば)ともいいますが、そもそも何かというと、仏塔のこと。
仏塔にはストゥーパとチャイトヤのふたつがあり、
前者は仏舎利(お釈迦さんの遺骨)を納めたもの、後者には仏舎利を入れない。
でも、ずいぶん昔からこの区別が曖昧になり、今では同一のように使われています。
僕らが拝むお次第にも、チャイトヤのことをストゥーパ(卒塔婆)と書いてあります。
ストゥーパの音写語が卒塔婆、お塔婆。
で、
塔には五重塔や多宝塔などがありますが、それの略式形が木の卒塔婆。
墓石も塔ですから、お墓があるのなら改めて卒塔婆は要らないかもしれない。
仏舎利を収めた塔はお釈迦さまを供養するものですが、
それを立てることが広大の果を得る(『異部宗輸論 法蔵部』)と考える人たちと、
そんな形式的なことではなく、修行することが真の供養である(『異部宗輸論 制多山部』)
という立場の人がいます。
いずれにしても、
塔を立てることが仏法の護持であり大きな功徳になるとして、
その功徳を故人にめぐらすために、板の塔婆を立てる習慣が一般化しました。
密教では、
塔は大日如来のシンボルで、その内部はマンダラ世界を表す
という立場です。
大きな塔も卒塔婆も、
塔は大日如来であり、自分自身であり、一切衆生。
大日如来は宇宙の中心で、宇宙そのものですが、
会社でいえば社長さん
重役には阿閦如来や阿弥陀如来
管理職には観音さまやお地蔵さん
その他平社員、パート、アルバイト
働く人たちを支える家族や友人
みんなで協調して、調和しているのがマンダラ世界
また、
僕の身体でいえば、
僕の本質が大日如来
大脳が阿閦如来や阿弥陀如来
五臓六腑が観音さんやお地蔵さん
その他すべての細胞がいろいろな仏さま。
それらが調和して僕が成り立っているマンダラ。
マンダラとは、悟りの世界を全と個の関係で表現したもの。
僕と宇宙のハーモニー、ということかな。
塔の中には大日如来と諸尊がいて、マンダラ世界を象徴しています。もちろん僕もそこにいる。
僕の中にも塔があり、それがマンダラ世界。
つまり、
塔内は大日如来の内容であり、諸尊が集会している。
それが現在の世界に映る宇宙の姿。
塔内は法界宮殿であり、大日のさとりを示すのが塔
『舎利礼文』には
如来発心の法界塔婆 根本の法のみほとけの性そのままの塔婆なり
とあり、
『真俗佛事編』には、
如法に開眼し、三密加持するとき、塔婆はすなわち大日になる
ひとたびみても悪趣を離れ、業障を滅する
お大師さんの『秘蔵記』には、
卒塔婆は大日如来であり、自性清浄心とも、真如とも仏性とも如来蔵とも法性とも観ずべき
とあります。
胎蔵マンダラの塔
金剛界マンダラの塔
みなさまの平安とご健勝をご祈祷いたしました。
さて、
最初は何もかけずに豆腐だけを食べてみてください
と店主が言う。
濃くておいしい豆腐でした。
豆腐は水分が多いから陰性。
野菜でも、葉物や夏野菜などは水分が多くて比較的陰性。
こういうものは鮮度がものをいう。水が変化するから。
食べ物以外でも、陰性なものほど鮮度が命。
下野豆富 あらた家
http://arataya.com/
昨年の5月 雨の羽田で真っ白の飛行機。たぶん譲渡前のJAL・B767
今年も同じころ、鳴門不動院へ護摩供に行きます。
今年の元日。 何があったのだろうか
これ、弁償するともらえるんですよね。
顛倒座
自己中心的な錯覚を反省する坐法。
『望診法講義録 人相編』に「密教ヨーガ・瞑想法・食時作法」を付録するために撮っています。今春発売予定。
先月の飲み会には誰それが来たよ、
次は○○日にあるからおいでよ、
と玄関でハンコを押すときに伝達してくれる。
都合がつかず、なかな参加できないので、会いたい筆頭にメール。
明日、一杯やろうよ、
と。
安心してください、空いてますよ。
と返信が来て、
長男を連れて行ったら、
昔の行状を息子に全部話すよ、
と脅される。
で、30年ぶりの話をたくさんしました。
今も元気なヤツ、そうでもないヤツ、既に鬼籍に入っている人など、いろいろ教えてもらう。
話をしながら、今と違うなあ、と感じたのは、
あの頃、
変わり者は変わり者としてみんなと共存していた。
集中力が無い、人の指示に従えない、人の話を聞かない、集団行動がとれない、忘れ物が多い、落ち着きがない、協調性が無い、人にちょっかいを出す、順番を待てない・・・。
僕もそんな生徒だったし、それは性質特徴なのに、
ただそういうヤツだったのに、
今はそれらに病名がついて、みんなと共存しない。
人と違う、変わっている、という長所が摘み取られてしまう。
それから、
学校には、不良と、まじめなヤツと、そのどちらとも付き合うやつがいて、
話が教室のみんなに届いたから、不良が孤立することはなかった。
だから、大事に至る可能性が低かった。
タバコも酒もシンナーも万引きも犯罪だけれど、そこで止まった。
先生によく殴られたけれど、僕らも先生に反抗した。そこの風通しが良かったから、ケンカで止まった。
まあ、歳をとると、昔は良かったと思いがちなのだろうな。
陰陽と酸アルカリが混同する場合が多いようですね。
酸アルカリと陰陽では動きが違います。
酸性はアルカリ性のもので中和されますが、陰性と陽性はバランスをとろうと動くだけです。
それによって、手当てのメニューを作れば問題が解決します。
※「春のイライラと花粉症を改善するメニュー」
https:/
※「ご飯を食べ過ぎると」
https:/
陰陽どちらかが過多の時、煩悩が生じます。
陽性過多なら怒り、陰性過多なら怨み
のように。
どちらも腎臓の機能が低下して、身体が固くなる。
つまり、
原因は陰陽両方ありますが、結果はみな陽性症状になります。
それはさておき、
『聖☆おにいさん』No.11によると、
私の手はゴッドハンドだから、
触れるものすべて清くなる手だから、
たとえ うんこをつかんだとしても。私の手は清潔なんだ
とイエス様が言う。
煩悩、汚れた心も同じように考えて良いかもしれない。
心を不安定にして波立たせる煩悩は、
貪り・怒り・無知・慢心・疑い・邪見を基本として、
それに随う迷いがたくさんあり、60とか80とか108とか数えられます。
根本は無知。
物事の道理を知らないこと、勉強しないこと、じっくり観察しないことです。
これらは
自己中心の考え、それにもとづく事物への執着から生じます。
『沙門果経』などには、仏・菩薩が持っている六つの神通力が説かれていますが、
その中でもっとも重要な力が「漏尽通(ろじんつう)」
煩悩が尽きて、心が完全に開放されていると知る力。
煩悩も、それに随って起こる心の動きもみな、
心によって作られます。
それらは、
幻や揺れる焔のようなもの
蜃気楼のようなもの
火縄をぐるぐる回すと、火の輪にように見えるもの。実際に輪は無い。
深い谷に響くコダマのようなもの
心静かに、無知から離れれば、それは消えてなくなります。
実際の生活では、
心はシングルタスクなので、ふたつのことを同時にできない。
それさえ知っていれば煩悩も簡単です。
食欲は食べれば無くなる。
お酒が飲みたくてしょうがない時に、おいしいご飯を食べれば満足してお酒への渇愛は消えます。
性欲も怒りも疑いも、
他の感動や笑いの満足で消える。
それは瞬間的で、また起こります。
だから、
そのたびにひとつひとつ消してみます。
そのうち、消す手間と時間がバカバカしくなって、消すものも生じなくなります。
スポーツや芸術や勉強で、練習すれば上達するのと同じです。
要は生活の工夫と思いようである。
汚れた陽性を消せば良い。
迷いが悟りに転換するのだから、悟りはそれほど難しくことではないかもしれない。
それを春の陰性な苦みで溶かします。
育つのが早いからとても陰性
ふきのとう素揚げ
レモンで油を消します。
ふきのとう精進揚げとセリ焼き
これは大根おろしで油消し
湯葉とわかめと菜の花
鍋にカレーの残りがこびりついていたので、
トマトジュースを入れて煮込み、
お揚げ、しらたき 、玉ねぎ、にんじん
古い麦みそを切って煮込めばアインシュタインシチュー。
普段は燗酒をつぐ大盃に、作りたてのみそ汁を注いで飲むとうまい。
※「福島県の妊産婦と子どもの甲状腺検査について」
: http://shintenan.syoyu.net/Entry/856/
※「 美肌の裏にあるもの」
: http://shintenan.syoyu.net/Entry/857/
3月9日、10日。
郡山で何人かと会ってお話。
郡山は除染と復興作業で景気が良いところもあるけれど、
除染は何のためにやっているのかわからない。線量が上がることもあるし。
庭はきれいになるけれど。
原発周辺からの避難者と、地元の人との間ではなかなかうまくいかないこともある。
地震で家が壊れた。
津波で流された。
原発で避難した。
人が亡くなった。
それぞれ事情も保証も賠償金も違う。
住めないという点では同じなのに、家の壊れかたでも違う。
でも、
福島の農産物と酒はうまい。
安全基準や検査が厳しいから、都会のものより安心。何より鮮度が違うし安い。
今や、放射性物質についてはデータや情報が整理され、冷静に判断できる環境ですが、
事実と違う間違いを認められない、情報の確認も出来ない人は少なくない。
11日、
福島第二原発がある富岡町へ。 第一原発までは6~7キロ。
ここは居住制限区域ですが、今の線量は0.2μ㏜/hくらい。
震災後、我が家が住んでいた郡山と同じくらい。
国道6号線は通れるけれど、
これより北は帰宅困難地域で線量も上がります。
道路から離れるとバリケードがあり、防護服を来た人たちが作業をしている。
富岡町・双葉警察署北の公園に慰霊碑があるのでそこで読経
線量計が並ぶ常磐自動車道を走って、宮城県名取市・閖上に。
11日なので、慰霊碑には大勢の人がお参りし、テレビやマスコミも多い。
空が青い。
若林区荒浜の深沼観音で読経。
周囲はあの日のまま。ここは人が住めない地域。
海には防波堤ができて、砂浜に出られるようになっていた。
海に向かって読経。
風が冷たい。
翌日は津波被災地から仙台市に避難しているかたがたと写経の会。
家族を亡くし、家や仕事を無くし、
ようやく5年、まだ5年。
立ち直る人、そうでない人。
家族が死んでも、その分思いっきり生きようと思える人。
5年たって、ようやく泣けるようになった人。
生きているから泣ける、考えなおして生きてゆく、と思う人。
人によって心の恢復は異なるけれど、
ほとんどの人の心にある故郷の空は美しい 。
その後、
東松島市宮戸地区、長音寺跡、野蒜小学校跡、東名慰霊碑を巡拝。
旧野蒜駅は保存され、ここで売っている「海苔うどん」がうまい。
津波の跡には多くの重機が入り、大規模な圃場整備や土地のかさ上げ工事が進んでいますが、
今後どう使うのか決まっていないところも多い。
移転する費用が無い人も少なくない。
原発の影響が強い福島と、津波で多くのかたが亡くなった宮城とでは、
いろいろなことが違っています。
そして、どちらも、
負の遺産が残りそうな復興事業が多い。
それにしても、
人が住まなくなったところには泥棒が多い。
エアコンの室外機なんかも売れるからね。
宗教は懺悔(自分自身に対する)と感謝(自分以外に対する) が基本です。
生きていれば悟りや幸せを目指して、懺悔感謝の修行ができる。
亡くなったかたはそれができないから、生きている人が功徳を積んで回向する。
生きることには、そういう役割もある。
生きてゆくためには、希望と勇気が必要です。家や食べ物より重要かもしれない。
何かあったとき、
自分で希望と勇気を持てないことがある。
そういう時、
誰かが応援したり、手伝ったり、手をつないだり、拝んだりすれば、
希望と勇気を持つきっかけになります。
生きることには、そういう役割もある。
ということが、食事と酒がうまいことの条件ですが、
そのほかに大切なのが温度。
お茶の温度 、ご飯の温度、みそ汁の温度。
ビールの温度 、燗の温度。
初めに出すお茶の温度で、その後の食事の味と気分が変わります。
ご飯の温度はとても重要。
陰性なおかずにはアツアツのご飯が合うけれど、
てんぷらなどの陽性な料理には、お櫃で冷ましたご飯がうまい。
みそ汁は、具と気温によって温度を変えます。
そうしないと、具の味が台無し。
みそ汁は腎臓の滋養になるものだから、油とタンパク質の量に応じて温度を変えればおいしくなります。
冷たい天つゆでは、揚げたてのてんぷらの味が台無しになるから、
てんぷらを天つゆで食べてもらう時には、温かい天つゆで、時間を置いて差し替えないともったいない。
時々、
天然塩や抹茶塩で食べてください、
なんて言う店があるけれど、
そう言うなら、油消しできるお菜と汁を添えなければ、後味や淡味が悪くなります。
ビールもうまい温度がある。もちろん、気温とおつまみによって変わります。
燗酒は最も温度に対して繊細です。
酒の種類、肴の種類、気温によって変えなければ台無し。
数値としての温度はもちろんだけれど、
夏でもないのに、ガラスの銚子と猪口で酒を出したら、どんなに良い酒でも見ただけで味が濁る。
多くの店では、
燗にする酒と冷やで飲む酒を分けているけれど、あれは間違い。
寒い日のおでんには、純米吟醸の日向燗が合う。
人間にも温度があります。健康的な体温のほかに、
心の温かさ、徳の温度がある。
それも、時と場所によっての適温があります。
自分の言動は冷たかったな、
と思ったら、
次は温かい言葉と行動にしよう
と常に考えていれば、自他ともに平安になります。
熱くなりすぎたな、
と思った時も同じ。
揚げむすび 玉ねぎソース
これは揚げたてに冷えたソースをかけます。
コーフーえごま揚げ
これは油を切って熱いうちに。
ゆばクリーム煮
これは沸騰させずに作り、器に盛って少し冷ましたほうが甘味が引き立つ。
と申しまして、春は山も笑う季節でございます。
故郷や どちらを見ても 山笑う(正岡子規)
春の野菜 をたっぷり食べると、思わず笑ってしまう。
ゴボウは炊き込み、ニンジンとお揚げは別に炊いて合わせ、菜の花は塩ゆでにして春のおこわ。
間引きの大根
カリフラワー
大根葉煮びたし。これは炊きたてがうまい。
冬の陽性が排毒できていないと春はイライライしますが、
そういう時は肝臓が疲れています。
肝臓が疲れている時は、陰性の野菜と酸味をたくさん食べれば良いのですが、
笑うのも、とても良い。
どこかで乳幼児と目が合うと、思わずニコリと笑ってしまう。
かわいいねえ、なんて言いながら。
そうするとなんだか安心して幸せな気持ちになる。
イライラ怒りや憂いは無くなり、なんだか不思議な力が湧いてくる。
笑うだけで力が湧くんだ。
だから、
さあ、笑おう。
彼岸供養を依頼してきた縁者から、
喪中なのだけれど、知人の結婚式に出て良いのでしょうか
と聞かれる。
問題ありません。
そういえば、
同級生のMは在学中、毎年12月8日は学校に来なかった。
ジョン・レノンの命日だから喪に服す、と言っていた。
喪には忌と服があります。
忌は近親者のみで、強制的に隔離状態に置かれる。
家に籠って一切外出せず断食。
服は忌が終わった後、自発的に社会から遠ざかること。
これは、
明治7年太政官布告の「服忌令(ぶっきれい)」で、
父母の場合は忌中50日、服は13ヶ月
などと決められていましたが、戦後廃止。
その後、
神社本庁が「神職服忌心得」というものを作り、
父母夫婦間なら10日、祖父母孫兄弟姉妹で5日
などとしました。
『貞観政要格式』には、
喪服の者の火(これは食事のこと)、男女の血の穢れなどを忌む
とありますが、
死を穢れと考えるのなら、
忌中であれば欠礼は当然
喪に服するのは自分の勝手
他人には関係ありません。
仏教では、あらゆるものをその性質から見るので、事象に浄不浄はありません。すべては本来清浄 。生も死も清浄です。
これは、清浄という性質があるのではなく、穢れていないまっさらな状態、ということ。
当然、死人も穢れとは見ません。
『行事性鈔』には、
比丘は服を変えるべからず
俗を出て如来の子となるが故に、常に如来の衣を纏い、もとより無垢清浄である
だから、僧に忌中の穢れはない、と書かれています。
しかし、
神さまの一部は、あらゆるものをその姿で判断するので浄不浄があります。
だから、死を穢れとする思想もある。
つまり、
喪中かどうかは個人的なものです。
神社のお祭りに葬儀を出した家は参加しない、などの地域の風習があれば、それに従えばよいでしょう。
仏教は死を避けません。避けられませんから。
そして、死は汚らわしいものではない。
なので、
通夜葬儀でお清めの塩はやめてほしい。
密教では、
因果共に不可得なるがゆえに生死涅槃無別なり
その故に本尊と自身と隔て無し (『不動次第』)
とあるように、生死を同じものと見ます。
モノや心が生じた原因をずーと探っていくと、最後にたどり着くのは本不生。
つまり、
それは原因結果を離れた虚空のようなもの。
虚空は何から起こるかといえば、本来自爾なり、仏天人の所作にあらず、因もなく縁もない(『別行次第秘記』)
とあるように、生も死も、まったく障りの無い虚空のようなものです。きれいとか汚いとか、好き嫌いの区別をつけるものではない。
ちなみに、
喪服は喪に服するものが着るもの。喪に服するのは二親等まで。
だから、
他人が喪服を着てきたら、愛人と思われるかもしれない。
菜の花を摘んでお浸しに、フキノトウはみそにして。
摘んでいるときも食べる時も、何だか嬉しい、楽しい気分になる。
それと反対なのが怒りと怨み。
毎日、身体の活動は乳酸と二酸化炭素を作りだし、
食べ物に含まれるリンとイオウからリン酸と硫酸が作りだされます。
これらが血液を酸性にする。
で、
ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムなどのアルカリ金属が食べ物から取り入れられ、
血液の酸度はアルカリ性の胆汁がやわらげ、アルカリを作る野菜の摂取で血液をアルカリ性にします。
おそらく、
怒りや怨みを持つときは、その酸度が高い。
怨みも怒りも副交感神経を刺激して、腎臓の働きを弱め、血液中の酸をアルカリに帰る働きが弱まります。
副交感神経は陽性なものに刺激されます。
で、
怒りは肝臓の疲れで、陽性な成分を含む油が原因のひとつ
怨みは胃の疲れで、白米魚砂糖などの陰性が原因のひとつ
だから、
怒りには陰性の菜の花が良いかな。
怨みには陽性に料理した野菜が良いかな。
例えば、
豆腐、ごはん、にら、白菜の餃子
花を見て楽しい時、
交感神経が刺激されて、腎臓が良く働きます。
これは陰性なものに刺激されます。
春はだんだん陽性になる時期なので、陰性な冬にたまった陽性を、春の陰性な野菜で排泄させればバランスがとれます。
菜の花を食べてから、近所に住む同級生の編集者・M氏に会って、
『望診法講義録 人相編』の原稿を渡しました。
目次は、
1、序
2、陰陽で見る、ということ
3、陰陽は比較の問題
4、五臓、五色、五感、五味
5、口
6、まばたきの陰陽
7、脳
8、肝臓
9、髪
10、頭部
11、眼
12、眼球
13、目頭と目尻
14、耳
15、腎臓と怖れ
16、鼻
17、人中
18、歯
19、吹き出物
20、田宅
付録・密教ヨーガ、初心者用瞑想修行法、心身を調える食事
近日出版予定。その際はどうぞ、お求めください。
昔々の中国、寺は山中に建てられ、その所在地の山名が山号の始り。
その後、平地に建てられた寺にも山号がつけられるようになりました。
高野山や比叡山は本当の山だけれど、京都五山、鎌倉五山はじめ、町のお寺は平地。
成田山新勝寺も、少々の高台にあるけれど町中のお寺。
所用があったので、
ちょっと成田山へ行ってくる、
と言ったら、普段着の僕を見て、
そんな恰好で良いの。山に登るんでしょ。
と娘が言う。
山号の説明をしたら、
じゃあ、成田山じゃなくて、成田サンね。
と山田さんや鈴木さんのように言う。
おそらく日本でいちばん良質でうまい天ぷら屋に息子と行き、
何でも好きなもの頼んで良いぞ
と言ったら、
松竹梅のコースから、竹を選ぶ。
松にしないのか?」
と聞くと、
目の前でひとつづつ揚げてくれる天ぷら、
2~3個でご飯1杯を食べるから、「竹」なら2回お替りしてちょうどいい 。
でも、「松」だと天ぷらの数が多いから、ご飯を5回くらいお替りしないといけない、
そんなには食べられないから「竹」にする、と言う。
僕はバブルの時代に大手メーカーのエンジニアを辞めて、高野山に上って坊さんになりました。
先日、30年ぶりに会った同級生が、
なんでまた、そんなに落ちぶれたの?
と言う。
最先端極楽のエンジニアから、最後尾地獄の坊さん世界に堕ちたように言われる。
あのね、
今や宇宙の最先端・量子物理学の解答は、密教の本不生にあるのだよ、
と返事をしたのだけれど、聞いてはもらえない。
その同級生は地元の進学校を出てから東京の著名大学に進学し、
在学中から家業の食堂を手伝い、味と価格で成功して大繁盛
それを辞めて、今は株の取引で生計を立てている。
僕の人生をとやかく言えるヤツとは思えないのだけれど。
それはさておき、
昨日は、少し仕事をした菜の花。
ゆでて笊に上げ、
たまり醤油と和辛子を溶いた昆布出汁にしばらく浸してから器に盛ります。
承和2年(835年)3月21日寅の刻、
お大師さんは高野山奥の院にご入定なされました。享年62。
そして、今も衆生済度のために拝んでいる、
というのが大師信仰。
拝むのに大切なのが「三平等」
仏と衆生と自分が平等である、
と観想して拝みます。
または、
仏の行為と言葉と想いが、自分のそれと同じであるように、と拝みます。
そうでなければ、ただの妄想になってしまう。
護摩では、
護摩の爐と本尊さんと行者が平等と観じて修法します。
そうでなければ、ただの焚き火になってしまう。
本来清浄な心と、そうは言ってもなかなかそうはいかない今の自分と、すべての人の心と、
本来平等平等、同じなんだ、と。
本来平等である間の、ちょっとした隙間が無くなれば、平安と安心の毎日になります。
ところで、
昨日のお昼は、東松島の海苔うどん
http://
冷たく締めて、熱い出汁を張りました。
これ、とてもうまい。被災地の食堂でも人気です。
夜は、
鍋に大根繊切りとエノキを敷いて、がんもどきを上に置き、大根とエノキの水分で炊いた煮合わせ。
乾燥した毎日の、
陽性なものの排毒によろしい。
庫裏の花壇に生えていたツクシを息子が摘んできた。
僕はこれが好き。
毎年春にこれをたっぷり食べるのが年中行事だったのだけれど、ちょっとご無沙汰していた。
ツクシについてはいろいろと人には言えない思い出があります。
ハサミで袴を脱がせ、洗ってザルに揚げひと晩。
ごま油で炒め、醤油で調えて、雪豆腐でとじます。
ツクシは胞子茎で、その成長後にスギナという栄養茎を伸ばす。
これには葉緑素があるので、ツクシよりかなりアルカリが強い。
スギナのカルシウムの量はツクシの38倍くらいある。
なので、
食養では、あらゆる骨のトラブルにスギナを使います。
本来の使いかたとは違うので、ホテルの部屋でやってはいけません。
出張が続いて胃がちょっと不調になり、
ホテル近くのファミリーマートでエノキを買い、 とろとろに炊く。
エノキの陰性が胃を固くする陽性を溶かし、少量のゲルマニウムが胃痛によろしい。
この時、
ゲップが出なくて苦しいなら、塩気を多くすれば出ます。
エノキの成分は水溶性なので、煮汁ごと飲むとよい。
それから、キャベツと納豆も買ってきて、たっぷり食べる。
キャベツのビタミンUと納豆の消化酵素が胃の滋養になる。
3泊して疲れたので、息子を呼びだし運転手として採用。
仕事を終えて、ふたりで食事に出かけ、
部屋に戻ってテレビをつけたら「ぶっちゃけ寺」
初めて観たけれど、お坊さんみたいな人、お坊さんっぽい人が出ている番組
という印象。
人柄が良くて心が広く楽しいかたがた
なんでしょうね。
帰宅したら、
冷蔵庫のニラが古くなってしまったから、どうにかして、
と言われたので、
醤油に細切りの昆布を入れ、菜箸でとろみが出るまでかき混ぜて松前醤油。
さっとゆでたニラを和えます。
「文春」をブンシュウと読む声が聞こえて耳障りな今日このごろ、
皆さまにおかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
最近は、
「もしもし、お母さんだけど、お金送ってちょうだいね」
というお母さん詐欺も出始め、頭が春のかたもいらっしゃるようです。
我が家の息子らは、
カレーは別腹、などと言い、
食後にカレーライスを食べていますが、
僕は、ご飯ではなく野菜にカレーをかけて食べるのが好みでございます。
それはさておき、
新しい出会いと別れ、新生活が始まる季節。
生活が新しくなると、陰陽が変わります。
そうすると、
環境、生活スタイルが変わり、食べ物の好みや人間関係も変わります。
なぜなら、陰陽が変わるから。
名前が変わることでも陰陽が変わります。
○○大学××学部から
△△株式会社□□課になれば、
その名前だけでも陰陽が変わります。すると、食事、体調、人間関係が変わる。
陰陽が引き付けあって恋人になり夫婦になっても、
結婚して姓が同じになれば名前の陰陽が変わり、ふたりの仲も変化します。
そう考えると、夫婦別姓は良いことかもしれない。
いずれにしても、
陰性と陽性なら引き付けあい、陰性どうし陽性どうしなら反発します。
新生活で環境と食生活が変わると、心身の陰陽は大きく変化しますから、
何を食べるかは自分で決めて、
素敵な毎日にしましょう。
陰陽のバランスが良ければ適切なものと出会い、
陰陽どちらかに過多があれば、分かれます。
それが人生。
僕は山盛りのキャベツ、レタス、トマト、キュウリ、アルファルファ、わかめに醤油をかけて食べていた。
ふと、となりのテーブルを見ると熟年夫婦がうつむいて食事。
その向こうの席には30代くらいの女性ふたり組。
見えるところの女性3人は、足を組んで食事をしている。
足を組むのは不調の徴。
足と関連した側に便秘があり、その反対側の卵巣にも何かある。
便秘があるほうの脳が弱く、反対側の肺が疲れている。
こういう時は身体が疲れているから、ひじをついて食事をする。
背中もまるまっている。
品が無く、見苦しい。
体調が悪いと距離感が無くなります。
言葉の距離感も無くなるようで、
敬語や助詞の使いかたがおかしくなる。
これも品が無く、見苦しい。
お行儀よく、きれいな姿勢で食べましょう。
山芋はすり鉢でよくすり、
昆布出汁か冷めて濾したみそ汁を加えながらすり混ぜます。
山ワサビを刻んで醤油に漬けたものを添えるとうまい。
背筋を伸ばし、口に入れる量を少なくして食べます。
箸を汚すのは先3寸くらいまで。
フキよりも味が濃い。
フキよりも陰性と陽性が強いので、そのアクを抜けばフキよりも陽性な甘味が出ます。
陰性が強い野菜は油揚げと炊くと、味のバランスがよろしい。
植え替える前のネギに葱坊主が出たら、柔らかいうちに採って食べると、ねっとりとしてうまい。
てんぷらにして、柚子醤油をかければ、その酸味が油を和らげます。
_______________________________
※「電子レンジの話」
電子レンジと電子レンジで調理したものは違います。
放射線は可視光線(眼に見える色)より陰性ですが、電子レンジや携帯電話などのマイクロは陽性です。
そして、その三つとも電磁波。詳しくは、
https:/
※「春の頭痛と骨」
僕らは脊椎動物なので、骨の良し悪しが人生で大切。詳しくは、
https:/
お葬儀が続いて、毎日のように、祭壇の菊や蘭やカサブランカを見ながら拝んでいます。
花には不思議な力があり、
花を見ると怒りを忘れホッとします。
それは耐え忍ぶ心につながる。
その心が最大の供養になり、心を純化させる修行になります。
僕らは、
花を供えるときは金剛華菩薩の三昧に住するよう観想します。
列車が通過して花が揺れた時、
しばらく時を忘れ、三昧に近い状態になります。
花には不思議な力がある。
子どもとご飯を食べるのは楽しい。
ご飯だけではなく、子どもがいる世の中は楽しい。
でも僕は、
大人とご飯を食べるのが苦手。
家族や心安い人以外の大人と食事をするのは恥ずかしい。
何だか、
ウンコしているところを見られているようで恥ずかしい。
食べる、という行為は排泄や性交と同じで、ケモノ的本能的で、それを見られるが恥ずかしい。
だから、
人間は食べるのもするのも、上品にきれいにしようと工夫するのだろうな。
心の動きとして、
食べ散らかすことと、女の子に乱暴するのは同じようなものじゃないかな。
そんなわけで、
僕はひとり湯豆腐で一献する。
昆布出汁 三つ葉 陳皮 まいたけ
庭の三つ葉はまだ芽が出たところ。小さなそれをつまんで鍋に入れると春の香り。
昆布出汁 なめこ 菜の花
畑では昨年末の小松菜やアブラナがちょうど良い菜の花になっているので、摘んできて春の味。
昆布出汁 ゴボウ味噌漬け えりんぎ レタス
古い味噌に漬けているごぼうは滋味あるお菜になるけれど、鍋に入れると香気ある出汁になる。
昆布出汁 セリと大豆
セリは春の味、疲れとデブを治す。セリと大豆は出会いのもの。
豆腐は時間がもっとも大切。
どんなに良い材料作りかたをしても、翌日になったら味は台無し。
作ったその日のうちに食べたい。
漢字の「芹」も感じが良いし、
ひらがなの「せり」も可愛い。
成分は、(可食部100g中の㎎)
Na: 19
K :410
Ca: 34
Mg :24
P : 51
http://
なので、陰性でアルカリ。だけれど、陽性な性質もある。
そばとセリの春巻き
汁に入れると季節の香りと味が膨らむ。
それはさておき、
世の中ありとあらゆる情報にあふれていますが、そのままではあまり役に立たない。
~と言われているじゃないですか。
と日本語の生理に合わない言いかたの問い合わせがあるたびに、
言われているじゃダメでしょ、と感じます。
その他、
○○らしい 。
××と聞きました。
もダメ。テレビで見た聴いた、というのはもっとダメ。新聞に書いてある、というのもダメ。
情報はそのままでは未熟で不安定、害になる場合が多い。
それをちょっと調べて勉強したり実践すれば知識になります。そうなれば役に立つ。
勉強すると知識が得られますが、勉強とは調べて、追試、思惟したもの。
これは判断力になる。
以上ふたつは煩悩です。迷いの原因。
情報を知識に昇華し、さらに工夫すれば智慧に変わる。
情報も知識も、過去の記憶などによって脳がそれを取捨選択し、好き嫌いどちらでもないなどと感じます。
見ただけ、聞いただけで終われば心に問題は無い。
好き嫌いなどと感じても、感じただけのこと、で済ませれば問題無い。
でも、多くの場合、そうはいかない。
貪り怒り慢心疑い差別の原因になり、心の平安を乱します。
でも、
知識を、他に楽を与え苦を抜く実践に使えば、それは智慧になります。
そうすることによって最大の利益を得るのは自分自身です。
誠に平安な心が得られるから。
僕らの中には知らないうちに積もった悪業があり、それが何かのきっかけで息を吹き返そうとしていますが、
それを智慧で包めば、慈悲に変わります。
今回の地震で被災された方々には心からお見舞い申しあげます。
また、一日も早い復興をお祈りいたします。
「災害時メモ」
http://shintenan.syoyu.net/%E7%B1%B3%E3%81%9E%E3%81%86%E3%81%AE%E5%AE%B6/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E6%99%82%E3%83%A1%E3%83%A2
「避難時の注意事項」
http://www.shogakukan.co.jp/pr/shinsai/pdf/091-107.pdf
災害はいつでも起こります。
できる範囲で心がけていれば、自他を救うことができます。
さて、
先週、長野へ行く途中、双葉SAから富士山。
山のように堂々として生きたい。
長野県飯田はあちらこちらでハナモモが満開。
花のように美しくいつも微笑んで生きたい。
翌日、
恵比寿の整体治療家・イシハマ先生宅で春の料理
フキ信太巻き
シイタケ利休焼き
豆ごはん
帰宅してまた春の料理
こごみ えごま和え
セリ高野とじ
たけのこご飯
余った種芋と湯葉

