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生死涅槃は無別なり
野菜を切って塩と酢を振り、

味噌汁の残りでお揚げを煮しめ、

ゆでた中華麺と和える。

ごま油とコショウを少し。

麺と野菜は同量くらいがいい。



それはさておき、

地下深いところに地獄があって、悪いことをするとそこへ堕ちる。

人は死んで四十九日経つと生まれ変わる。

お盆にはご先祖さまが帰ってくる。


こういうことが、そのまま生活に溶け込んでいるような人もいますし、

そんなバカバカしいことがあるもんか、という人もいる。

いやいや、
 
それは何かの象徴で、真実を説明するための方便なんだ、という人もいる。


お盆はご存知のように盂蘭盆の略ですが、

その語源は、

サンスクリット語のウランバナ(倒懸・逆さづり)という説があるけれど、

僕はアヴェスター語のウルヴァン(霊魂)だと考えています。

サンスクリット語とアヴェスター語は同じインド・ヨーロッパ語族。


日本では、

606年推古天皇の時、盂蘭盆の斎会で、七世の父母の恩に報いるといったことが行われており、古い習慣です。


お盆も地獄極楽も生まれ変わりも、

それを信じていると、自分の行いを正し、自分の死を冷静に考えるきっかけになりますから、

まったく無意味では無い。


もし、貪り怒り愚痴疑い慢心があれば、

そこから苦しみや迷いが生まれます。

ということは、

貪り怒り愚痴疑い慢心が無ければ、苦しみ迷いという執著(これがあるものを生と云う)も無く、

生がなければ(迷いとしての)死も無い。


実際には、僕らはいつか死んでしまうけれど、

死すべき身であることを知り、命を喜び、人に生まれたことの意味を探すのが求道。

既に死んでしまった人には、

生きている周りの人がそれを考えて生きる。


 故人の長所に学んで自分の生きかたを考えることを供養と云い、

拝むことで、他への心遣いを練習することを回向といいます。


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[ 2017/08/07 07:11 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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