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祈る功徳

薬を信用していれば、

病人は薬があることで安心し、

貧乏は金銭により安心する。

医薬金銭が病貧乏に効験あることを信じている人は多い。

同じように、

僕らは、悟りとそれに向かう修行方法を信じています。

でも、

貧乏や病気と違い、

すぐに効用が現れないし、

そもそも、悟りを必要と考えている人は多くないだろうな。

そのあたりが、仏教の大きな問題なのだけれど、

お盆には多くの人が祈ります。

何を祈っているのだろうか。



祈れば功徳があるけれど、

それは与えられる報償ではなくて、

修行できることが功徳。

修行できるということは、

心に潤いを受けること。

心が乾燥していると、怒りや貪りの火種になる。

世界はそういう人が少なくないらしいと、

毎日のニュースで感じる。


仏教は慈悲を大切にしているけれど、

それは単なる施しではなく、苦楽を分かち合うこと。

それが心楽しいことなのは、

夫婦恋人親子師弟なら感じることなのだけれど、

忘れていることが多いのだろうな。


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[ 2017/08/12 17:56 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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