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自利と利他
自分が努力して良いプレーをすれば、

それを観たファンも喜ぶ。

自分の成績が上がれば収入も増え、

プレーヤーとしても充実し、ファンもしあわせな気持ちになる。

このように、

自他共に喜びが生まれるのは、理想的な人生である。



仏教の言葉で、

自利とは、菩提(悟り)を求めること、

利他は、衆生を救うこと。悟りに導くこと。

つまり、

みんなのしあわせ、菩薩はこれを同時に達成できると云う。

そんなことができるのだろうか、

と僕はずっと思っている。


2011年10月、高野山大学の講演で

煩悩障と所知障を断滅すれば、

自利と利他が同時に達成される
 
とダライ・ラマは云っていた。

煩悩障は、

悟りを妨げる全煩悩

所知障 は、

智慧を妨げるもの、煩悩の残りかす。



若い頃から仲間とは、

真言密教の目的は即身成仏であり、

そのために毎日三密行という修行をする。

即身成仏(今、この身のままで悟りを得ること)がなければ、

他を救うことはできないだろう。

行者の心は、

発心修行菩提涅槃の順であり、

自利がなければ、利他は難しいのではないか、

というような話になる。

利他できるレベルに、自分を持っていく、という考えである。


田中千秋先生は、

本来誰もが仏なのだから、すぐにでも一切衆生を救おうとするのが当たり前である。

もっと自分を作ってから先で、

というのは言い訳である。

「外道二乗はこの心をおこさない。ただ、菩薩大士のみがこの心をおこす。

菩薩大士はこの心をもって、法界無縁の一切衆生を観ること自分自身の如くである」

と三昧耶戒序にあるように、

もっと力をつけてから

というのは外道かもしれない

と『菩提心論講義』に書いている。


外道とは、仏教から離れた思想のこと。 


そして、

人がすべて値打ちのある満徳を本来円満しているという基本から、

どういう生活を日常に展開するのか

それは、

自分で自分をけがすような恥知らずなことをしない。

周りの人々に対してみなそれぞれ仏さまである尊い人である。

もし人が気の毒な状態にある時は、

個人的な好き嫌いの感情をすてて懸命になって友情の手をさしのべる。

これが自利と利他である

と『仏性を伸ばす』にある。




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[ 2018/05/11 12:10 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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