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14-2、三大と死後の行方
大乗仏教の考えかたのひとつに三大があります。

みっつの広大無辺なもの、

あらゆる存在はこの三つを持っています。

この三つがあるから存在している、ということ。

その三大は

体大
相大
用大。

体・相・用(たい・そう・ゆう)と言います。

体大は本体論。

相大は姿形、性能、性質

用大はその働き。


仏教では、

僕らの心の本体と性質と働きは広大無辺である、という立場です。

もう少し詳しく書くと、

僕らの心は

平等であり、生なく滅なく、増なく減なく、常にある、という体。

智慧と慈悲など一切の功徳が備わっている、という相。

善を行い、善の功徳を得て、修行して悟りを得る、という用。


密教では

僕らもその他も何でもかんでも、

地・水・火・風・空・識の六大で成り立ち、宇宙間に存在している。

これは普遍的なもので、六大が体大である。


その六大を通じて現れたものがマンダラという相(すがた)で、

色々な姿を持ち、

それぞれがそれぞれのシンボルや文字を持っています。


この、六大(本体)とマンダラ(姿)の上に起る働き・作用が三密。

用大です。

身密、口密、意密の三密によって、成仏する。


つまり、

僕らの本体は六大であり、

僕らの姿形は仏であり、その性能も仏であり、

僕らの働きは、自他を悟りに向わせ、幸せにすること




ところで、

亡くなった人はどこにいるのでしょうか。

仏壇の中

お墓

それとも遠い遠い極楽世界


故人の三大 も生きている人の三大も広大無辺 

だから、

それを思う僕らの心が体であり、

神さまがどこにでもいるように、故人もどこにでもいます。

神様のイメージがあり、神さまという性質があるように、

故人のイメージと性質はどこにでも、あなたが思うところにあります。


おそらく、もっとも美しいところである自心にいるでしょう。

自分の思うところに亡くなった人はいる

それが生きかたになります。


月が多くの水面に映るように、

故人は多くの人や物に映ります。


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[ 2015/07/20 07:48 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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