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東松島巡礼
真言の坊さんは、拝む前後に両手をコソコソ動かしながらボソボソと唱えていますが、あの中で護身法という所作をしています。

慈悲の甲冑をまとい身を護る。

身を護る秘訣は武器を持つことではなく、相手の敵愾心を失わせること。

そうすることで敵も味方にします。

そのためには、ただ大慈悲を心に湛える、慈悲の鎧を身にまとう。


慈悲に立ち向かう敵はいません。煩悩の敵も害心を失って味方に変わります。

その大慈悲の本質は、

自他が本来同一である、

という心。

お互い仏さまのいのちを分け合った兄弟姉妹のようなもの。

慈悲は世の中で最も強い力になります。

僕らはどこでも、護身法を結びます。



さて、

仙台から、仙石東北ラインのハイブリッド車両に乗って野蒜へ。

塩釜を過ぎたところに、東北本線から仙石線に渡り線を作り、直通運転しています。

線路の規格も電流電圧も、信号方式も違う線を結ぶのは素晴らしい。

栗橋でJRと東武がつながったのと同じくらい素晴らしい。


それはさておき、

内陸高台に移転した新しい野蒜駅。海側には昔の駅も保存されています。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201504/20150422_13007.html


沿線は災害復興住宅の造成で重機がたくさん動いているけれど、果たしてどれくらいの効果があるのだろうか。人が帰ってくるのだろうか。


永良尼、夕慧尼と一緒にキジマさんの車で宮戸島へ。
 
キジマさんは元市役所職員で、今は震災復興、地域の復興に尽力しています。
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140202t13010.htm


新しいお地蔵さんの開眼と物故者供養。

ここ潜ケ浦地区では地元住民5人を含む7人が亡くなりました。家は8世帯あったが、残ったのはキジマさん宅だけ。


この辺りは狭い運河や海道で区切られ、橋でつながっているのだけれど、あの日は地震で橋桁に段差ができて、立ち往生した車を津波が襲った。





鳴瀬川河口近くの元長音寺へ。 



鳴瀬川河口の避難所には多くの人が避難して海を見ていた。

津波は後ろからやってきた。



東名の供養碑で読経。



このあたり、広大な土地に重機が入る。

居住禁止で農地にするらしい。

土地は国が買い取っているのだけれど、除草などの費用が毎年何億円もかかる。

これから農業はできるのだろうか。

 

野蒜小学校体育館跡地で読経。 



周りには善意の植樹や花が植えられているけれど、植えた後の管理が大変。

根付くまで水をやり、草を刈り、花が終われば花壇を調える。

好意の後の管理は、小さくない問題です。



災害はいつくるかわかりません。

適切に冷静な行動ができるよう、準備をしておきましょう。


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[ 2015/07/19 06:54 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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