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あの国は大丈夫なのだろうか
学問は国の柱になるものです。

自然科学はもちろん、

政治や経済も、文学や芸術も。

それを体制側の都合で、

何年もの間、学者を葬り続けてきた国に未来はない。

かの国でも日本でもどこでも、

学問をする学生、学者を僕は心から応援しています。 


身体も心も、

何もかもが

なぜ存在しているのかを分析してみると、 

すべてが本来不生不滅であることがわかります。

例えば、

モノが何で構成されているかと探してみれば、

元素である。

その元素は素粒子からできており、

その素粒子は、と探ると何か大本が見つかる、ということにはならない。

 密教では、

真空妙有と云い、

万法の根源は本来有るものである、

とします。


もし、


何か根本的な大本になる存在があるとしたら、

それが縁から生じたと云えないし、

神が創造したなどの、自然に生まれた、とも言えない。

それらの意見は遍計所執(へんげしょしゅう)と云って、

概念的に実体があるように妄想されたものです。


このように、

存在を肯定して、生まれたものでも滅するものでもない、

という思惟は、

自分の心を知ろうと勉強修行し、

自分以外の心にも寄り添うようにして、

自他の心の平安を求めようと実生活で工夫することで得られる智慧です。

これは、 実のごとく自分の心を知ることになる。

それを、仏教では悟りと云います。


どんな思想も宗教も、

過去の歴史も、

すべて本来有るものです。

抹殺してはいけない。




_____________________________


僕もあなたも、草も石ころも、

存在は真如です。

宇宙法界は地水火風空識の入れ物で、

地水火風空は識を表現するもの

というのが密教の考えかた。


『大日経』具縁品には、

我覚本不生 出過語言道 諸過得解脱 遠離於因縁 知空等虚空

とある。


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[ 2017/07/16 06:58 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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