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これから
3月12日、

息子ふたりと車で出発。

ここ数年、恒例になったドライブだけれど、今年から運転手が3人なので楽。

東北道、仙台南部道路、東部道路を経由し、

仙台港で降りて国道45号を北上。

矢本のホテルに投宿。夜は地元のちゃんこ鍋屋へ。


翌朝、

仙石線野蒜駅で永良尼を向かえ、

東松島市宮戸の潜ヶ浦(かつぎがうら)へ。

途中の野蒜海岸は防潮堤の工事が続いているけれど、

7年前と変わらない風景。

いつまで工事が続き、

それから先はどうなるのだろうか。

住めない地域、戻らない若者。


茗荷という名の地区で唯一残ったキジマさん宅へ。

津波で木が倒れ、

飛んでくる鳥の種類が変わった。

津波で海が攪拌されたから、栄養がよくなり、魚の様子も変わった。

今はちょうど、ワカメの旬。

このあたりは上等な海苔の産地だけれど、

ワカメもうまい。

春先は養殖の旬で、

天然ワカメの旬は6月、

ということを初めて知った。


松が植林されている。県の方針らしいけれど、

人がもどらない地域で、

この先の管理はどうするのだろうか。


宮戸は民宿も多い観光地で、

最近は合宿や臨海学校の生徒も来るようになっているよう。

ここはキジマさんはじめ、島の人が草刈や道普請をしているから、

また津波があっても避難路が整備され、確保されている。

でも、

人がいない地域は、

そうではない。



近くの橋と道路改修工事を担当する人たちと、

物故者供養・安全祈願をしてから出発。

鳴瀬川河口の長音寺、

野蒜小学校跡

東名地区慰霊碑で拝む。


以前は町があった場所も、ただ広くて何もない。

こういう場所が多く、重機とトラックが走り、埃っぽいのは7年前と変わらない。



これからどうする、どうなるのだろうか。


永良尼と分かれ、

仙台市荒浜の供養碑前で拝んでから、

福島・郡山へ。

夜は「奈良木」で食事。

ここは日本でいちばんうまい。



矢本のホテルで朝食をとっている時に、

NHKニュースで流れていたのが、

「震災、直接の記憶ない子の心にも影響 被災地で調査」

https://www.asahi.com/articles/ASL2N3CGQL2NUNHB001.html 


こういうことは慎重に事実を見極めることが大切である。


子どもの様子がおかしい

大人がそう感じている

というのが問題点ですね。 


本当にそうだろうか、

事実ではなく単なる意見かもしれない

そう思い込んでいる

色眼鏡で見ているのかもしれない

いつの時代でもいろいろな子がいて、

それぞれに特徴がある。

 
でも、何かあれば、

あの子は○○だから 

とレッテルを張る傾向はいつの時代でもあります。 


そもそも、それは問題のあることなのだろうか。


幼子を背負いながら、

僕ら福島を大きな声で罵倒していた親の家庭では、

東北でなくても何か影響があるかもしれない。

そんなことは無いかもしれない。

どうなのだろうか。




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[ 2018/03/17 14:09 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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