忍者ブログ


なぜウンコをするのか。
ウンコをする

という言いかたは正しいのだろうか。

ウンコを出す

ではないだろうか。

ご飯を食べる

であって

ご飯をする

とは言わない。


それはさておき、


人生で大切なことは「食べて出す」ことであります。

楽しく食べて、爽快に出す。

そして行儀よく上品に。

これが出来れば人生は完成したといっても過言ではありません。


出すものは大小便汗呼気等いろいろありますが、もっとも人生を左右するのはウンコであります。

さて、このウンコ、なぜウンコという名で呼ばれているのでしょうか。

サンスクリット語では始まりの音は阿(あ、a)、おしまいは吽(うん、hum)であります。

阿は口を開いて最初に発する音であり、吽は口を閉じて発生する最後の音。

これが阿吽の語源であり、物事の最初と最後、万有一切の根源と帰着・究極を象徴しています。

修行においては、阿は菩提心、悟りを求める心、吽は涅槃、悟りの境地を示します。

ですから、営養滋養が入る最初の口が阿、最後に出てくる肛門が吽。そこから出て置かれるものが吽置、ウンチであります。

また、息子、キノコ、ヒヨコ、カズノコなど、小さく可愛いものには「こ(子)」をつけます。

よって、吽子(ウンコ)と言うようになったと考えられます。


お大師さんの『吽字義』には

際限の無い煩悩も表面だけであって、その奥の本心は、何時も変わらぬものである。

人はみずから作った世界の中に、わが身を沈めて苦しんでいるのである。

さとるとは、物事の真の意義をあやまりなく知ることである。

自分の心を真に知ったものは、一切を知る智慧を得たものである。


と書かれており、


ウンコをするのは究極への到達であり、悟りである

と知るべきであります。





※いろいろと質問がありまして、ふざけた文章にしたつもりなのですが真面目に受け取られかたもいらっしゃるようで申し訳ありません。上記は私説です。

そもそも、語源などというものを探し出すことができるのでしょうか、と思っております。

        2013.10.4  18:00
PR


[ 2013/10/04 11:20 | 米ぞうの家 ]



<< 病者加持法  |  ホーム  |  乗合馬車 >>