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オレオレ
息子らは自分のことを「オレ」と言い、

僕も言う。

同級生も近所のおっさんも、ほとんどの男子が自分のことを「オレ」と言う。


でも、

四国の和尚さんが、

自分のことをオレなんて言ったことないなあ。

と言う。
 
同席していた広島の和尚さんも、

私も言わないですね、ワシとは言うけれど。

へえー、と思いました。


さて、

A君が言う俺はA君のことであり、B君が言う俺はB君のことである。

だから、

俺と言うもの固有な実体はない。
 
もし、自分ひとりしか存在しないなら、自分のことをオレとかナントカ言わない。

オレ以外の存在があるからオレと言う。

存在者は他の存在者との相互的な関係性の中で存在している

ということかな。

でも、

密教の仏は違うのですね。

密教以前には、

誰かが仏のことを、

本質はこうで、姿はあんなで、こんな働きがある

と客観的に説明していたのだかれど、

密教では、

仏自らが自己を説明する

と考えています。

そして、

仏と自分は別だったのが、

仏と自分は同じ。 仏は自分であ、自分は仏である

という立場になります。


さらに、

仏もオレも、その存在の事実が真実であり肯定されます。


そう考えると、

仏も僕もオレも貴重で、存在しているだけでありがたく美しい。


今日はこれから、

オレが大勢いるだろう息子の学祭に行きます。





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[ 2016/10/29 08:08 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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