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月の十六生

これは一昨日早朝の月。




金剛界マンダラの中央には大日如来がおわして、

大日如来の役割を四つに分け、それぞれ担当する如来が四方にいます。



その四方の如来には、各々四体、そばに仕える菩薩がいます。

四方の仏に各々四菩薩あるので十六大菩薩となる。


『菩提心論』には、

十六大菩薩の徳を、月の十六分に比して説明されています。


僕もあなたも、ケモノも花木も石ころも、

あらゆるものの本質中に、一分の清らかな性質があります。

この一分がだんだんと発展して、十六の円満な体質=満月のような心になる。

だから、始めの一分の中に、

すでに悟りや幸せや、慈悲や智慧の道が備わっている。

この清らかな本体はきわめて微妙だけれども、

今現在は地獄や餓鬼や恨みつらみの世界にいても、

その清らかさは必ずある。

あたかも、

満月を十六にわけて、

新月がほんの少しの光を持った明るさしかなくても、

必ず満月になり、光り輝くように。


心もトレーニングによって暗闇から満月に変る。

その時、

あらゆる障碍が無くなります。


月を見るたび、

いつか自心も満月になる、

と観想するのは、良い練習です。






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[ 2016/10/28 06:43 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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