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ロボット僧
9月23日付朝日新聞「be on satueday」に、

(サザエさんをさがして) デンキ仏教 「全自動化」の日は来るか
http://www.asahi.com/articles/DA3S13143676.html

という記事があります。

ここに登場するのが「ペッパー導師」
https://www.gizmodo.jp/2017/08/pepper-robot-funeral.html

各宗派の読経ができるらしい。法話もOK。

メーカー側は、

人手不足の寺の副住職として開発した、

とのこと。

記事内に、

「ロボットが人に引導をわたせるのか、などと反発もあるようですが」

とあるけれど、

引導を渡せるレベルに達した人間のお坊さんは、現実にはどれくらいいるのでしょうか。

人間のお坊さんの法話も、

修行の実体験より、聞いたり読んだりした引用が多いなら、

ロボットでもいい。

ロボットのほうが無欲無執着で、差別意識もないだろうから。


ロボットやAIが人間にとって代わる、

という論文(というより研究室のレポートに近いけれど)

で著名なのが、

Frey and Osborne (2013) “The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerisation?“
『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』
http://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf


それから、

「わたしの仕事、ロボットに奪われますか?」
Can a robot do your job?(日本経済新聞)
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/ft-ai-job/


これらの中で、

自動化ができない職業として、

歴史家 、鉱山の屋根用ボルト締め作業員、聖職者

が挙げられています。


僕は、

ビッグデータとディープラーニングによって、

人を癒やし、安心させることはできるから、

ある程度、僧侶の活動に代わることはできると考えます。

知らないことが、怖れや不安、迷いになるからです。

むしろ、良い結果があるかもしれない。膨大な知識があるから。


 
問題は、仏教の本質的な部分、「悟り」です。

これは、

自分とは何か、

存在とは何か、

心とは何か、

を理解しなければなりません。

人間がそれを知らなければ、AIに教えることはできないから、

人間が悟らなければ、ロボットも悟れない。



この世の中のすべてのものは存在論的には因果の法則の範囲内ですが、

これはロボットでも理解できます。

しかし、その存在の本性は因果の法則を超えているので、

迷いを離れ静寂な心に至る、

ということがロボットにできるだろうか。

でも、

煩悩によって心が波立つ、

ということがロボットには無いのかな。


いずれにしても、

悟りや心や真理など、

人間がそれを把握できれば、ロボットに応用できるかもしれない。




ところで、

アイザック・アシモフの『アイ・ロボット』に、

「証拠」という章があります。


ここに登場する市長選挙の候補者で凄腕弁護士のスティーヴン・バイアリイは、

ものを食べたり飲んだりしているところを、誰からも見られたことがありません。

なので、

彼はロボットではないか、と

対立候補から疑われます。

人間なのか、ロボットなのか?

緊迫した描写が続く。ドキドキです。



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[ 2017/09/24 16:00 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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