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乳粥
わが家の長男は 、

まずいってどういうこと?

と言うような味覚の持ち主ですが、


食べもの飲みものは 、

まずいから嫌い、というよりも、

臭いから嫌い

ということが多い。



僕は牛乳のにおいを臭いと感じます。


小学校入学時の給食は脱脂粉乳、アルマイトの器でした。

その後、瓶、三角パック、紙パックの牛乳になりましたが、やはり瓶に入っているのが飲み物らしくていい。

あの、牛乳瓶のフタを開ける千枚通しのようなものは画期的だった。

教室で、牛乳瓶のフタはメンコになり、社会科の先生は牛乳瓶の底のようなメガネをかけていました。


僕は海のない栃木県で育ったので、毎年夏に行く茨城の海は大きな楽しみ。

砂浜で海のかなたをじっと見つめれば、アメリカ大陸が見えると信じていました。

そして、確かに金門橋やケーブルカーが見えた、ような気がします。

その頃、海の家で売っていた瓶入りのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳はごちそうでした。



それはさておき、

ガンジスの支流・ネーランジャー河のほとり、セーナーニー村長の娘・スジャータは

その土地の習慣に従って、ニグローダという大樹に、かねてから心に秘めた願をかけていました。

その願いがかなえられたので、樹の神に特別上等の乳粥を捧げることにしました。

まず、1000頭の牝牛を選んで放牧し、

その乳を500頭の牝牛に飲ませ

その半数の牝牛を選んで乳を飲ませる。

そのようにしてだんだんと濃い乳を得て

ついに16頭の牝牛の乳を8頭の牝牛に飲ませました。

春の満月の日

スジャータは夜明けに起きて8頭の牝牛から乳を絞らせ

その乳を新しい器で乳粥にしました。

乳は煮立つと泡が右に旋回し、一滴も外にはこぼれませんでした。


スジャータは女中にニグローダの神の様子を見にやらせます。

するとそこには、

6年の苦行を終えたゴータマ・シッダルタが樹の下に坐っており、

その身体からは光明が放たれ、樹全体が黄金に輝いていました。


これを見た女中は、

今日は神が樹から降りて坐っていらっしゃいます。

と報告。

それを聞いたスジャータは乳粥を黄金の器に盛り、美しく着飾ってニグローダの樹の下に行き、

礼拝して言いました。

わたしの捧げものを受け取ってください。

私の一生の願い事がかなえられたのと同じように、あなたさまもご心願が成就あそばしますように 。

ゴータマは河で水浴し、乳粥を49個の団子に作ってその場で召し上がりました。

そしていよいよ菩提の座につき、

次の朝までに四諦八正道の真理を悟り、ブッダとなられました。


ブッダが覚った真理とは

あらゆる苦しみには原因がある

それには原因があり、それは世界の本質が渇愛だからである。

自覚されないこの渇愛によって、無知無明が広がり、人は苦しむ

この渇愛を滅することにより、苦しみから離れ、寂静の覚りに至ることが出来る。

そのためには正しい生活と心のトレーニングをすれば良い。


金剛頂経の理解では、

そのトレーニングの本質は梵行、すなわち、欲望のコントロールとしています。


密教では、

行者が秘法を修するさいの食事は

粳米に乳、酪、を混ぜた粥とする

と『大寶楼閣経』や『十一面神呪経』にあります。


現在日本の口伝では、数年間の菜食の後に、修法期間は一日一食もしく断食。

菜食の場合も、修法の種類によって食するべき材料を伝えています。

これらは心身を爽快にして、修法に障りを無くすためです。


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[ 2013/10/14 08:17 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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