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人生のイメージ
新大阪駅25番線ホームで東京行きを待っていたら、23番線にドクターイエロー入線。

大勢の人がそこへ向かって走る。お母さんが多い。

僕は行きたいような面倒くさいような勿体無いような気持ちがあったけれど、動かず見ていた。



若いころは、

ああ、やはり行けば良かった

と思ったかもしれないけれど、今は次のことを考えて、すぐに忘れてしまう。

歳を経るごとに、ゆっくりのんびり、冷静さと寛容の人生をイメージしていたけれど、

実際はそうでもなくて、今のほうが若い時よりもなんだかせわしない。


炊きたてのご飯に白ごま、セイタン、みょうがのみじん切りをまぜ、おむすびにしてドライブに出発 。

車内でそのおむすびを食べた次男が、

これは朝ごはん? 昼ごはん?

と聞く。

もしそれが朝ごはんなら、後で昼ごはんも食べる、

これが昼ごはんなら、もう食べなくていい、

と言う。

いったい、朝ごはんと昼ごはんの境目はいつなのだろうか。



ある教室で、

とても頻繁にしつこく質問をしてくるお母さんに

何でそんなこと教えなくちゃいけないんだ、友達でもないのに。
 
というようなことを言ったら驚いていた。

友達とそうでない人の違いはなんなのだろうか



生きる意味、なんてあるのだろうか。

と学生らが話していた。

それは自分で創作するもの。

本来の意味は生き延びることだけで、その内容は自分で決める。そしてそれは常に変化する。

本来不生不滅 そこに実体的な「意味」は無い。



地元の和尚さんとお店に入って、お客さんの望診をしていると、

ごちそうさま

と言ってイスをしまう人と

何も言わずイスも片づけずに店を出る人とは

人相がずいぶんと違う。


人生を左右することなんて、そんな小さなことなのかもしれない。



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[ 2015/09/23 06:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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