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仏の姿
加藤精神博士の『大乗佛教の起源と発達』の中に、

「阿字本不生の悟り方」という章がある。


「本尊と自分と一体であると云ふことを観念修行するのであります。

これが唯一の成仏の法であります。

例えば観世音菩薩と首っ引きをして何をしているのかと云ふと、

何も別にするわけではありませぬが、

即ち観世音菩薩の本誓を表している菩薩の印を手に結びて、

先づ身体の上に観世音菩薩と自分と同じ三昧に入るのであります。

~中略~

この瑜伽行を日日修行すると観音と自分とがだんだん親しくなってくる。

後には何んだか自分は半分くらい観音になったようになり、

しまいには自分と本尊が全く一つになる・・・」



この本尊は自分の心のなかにある菩提心のことで、

これを体得すれば、

日日の行動言動思いが、すべて仏と同じになる、という仕組みで、

これを成仏と云う。

その時、

心は、あるがままになる。


誰かを思う時、

心静かに見つめるだけのことがある。

悪さを見つけて怒ることもある。

善業を発見して讃嘆する、

道理に会わないことは笑いながら叱る、

そして、

外見ではなく、相手の本質を見つけて、思いやりを持ち、援助する。

できることなら、

苦しみを抜き、楽を与えたいと思う。

迷いを断ち切り

畏れを除いて安らぎを与え、

よくよく見極めて敬い、

自分と相手と仏が平等であると感じ、

あるがままで生きて欲しい、生きたいと願う。





ネコは寝ている時間が長い。

何を考えているのか分からない。

あるがままである。



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[ 2018/04/05 13:23 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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