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何を見ているの?
梅雨に入り蒸し暑い日が続きますが、みなさまがたにおかれましては、ご清栄のことと存じます。

この時期、暑さという陽性と、湿気が多いという陰性があるので、大きい陽性と大きい陰性両方ある食べ物がいい。

素材なら昆布、ごぼう、乾物・・・。

で、けんちん汁。

けんちんは「巻繊」と書けば繊切り野菜を炒め煮したもの、「巻煎」と書けば湯葉や豆腐でとじたもの。今は両方一緒になるのが多いですね。




ごぼうと昆布を油揚げで炒め、水を加えて、大根、人参、ジャガイモ、舞茸と加え、豆腐でとじて九条ネギを盛る。

教室でも作っています。
http://cocochienoki.blogspot.jp/2014/05/519.html



それはさておき、

過日車で福島県郡山へ。所要2時間ほど。

法事を2件、お寺の用事1件、買い物数件

知人のマンションを見て、あの人は元気かなあ、と思う。

何度かくぐった天ぷら屋の暖簾を見て、また食べたいなあ、と思う。

雨空を見上げ、田んぼが助かるなあ、と思う。


いろいろなものを見て、いろいろなことを思います。


僕らは何かを見て、聞いて、嗅いで、味わって、触ります。

その時、何を見て、何を見ていないのか。

それを見て、どう思うのか。


見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る

そうして僕は好き、嫌い、どちらでもない、などを識別します。

まあ、識別しているに過ぎないのですが、本来仏者の識別は、すべてのものはすぐ移り変わる頼りにならぬもの、と見極めること。


僕が目や耳や鼻や口や肌で、モノ、音、形、味、におい、感触などを識別し、

心でそれらの概念を作ります。

もしそれが、他人を助ける優しい概念になるのと、自分勝手でよそに迷惑をかける概念になるのとでは随分と違います。


僕はいつも何かを見て、何かを聞いている。そして何かを思う。


『華厳経』入法界品に淫女 婆須蜜の話があります。

彼女はいかなる相手であろうとも、相手に対して好き嫌いを言わないで、

一緒に寝てくれと言われれば、一緒に寝る。

抱いてくれと言えば抱擁もしてやる。

それによって人々を愛欲から解脱させる。


その時その場すべてが如来の功徳であって、何を見ても仏。

僕らはいつも仏を見ているのだろうな。

 


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[ 2014/06/10 17:02 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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