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初夜と初七日
お通夜の風習は、地域によって随分と違う。

納棺してから拝む所があり、

拝んでから、皆で納棺する地域もある。

通夜は家族身内の儀式だから、

普段着で家族親族のみ参列、というところがあれば、

ご縁のある人は誰でも喪服を着て、お参りに来るお通夜もある。

お通夜、というものは無い、

という地域もある。


お通夜は初夜のお勤めで、

儀軌口訣 には多少の違いがあるけれど、

初夜は戌の刻、黄昏、宵、午後8時

に行じる。

寅の刻、暁、午前4時などに後夜の行。

この時間が、朝のお勤めになり、

本尊に自分の徳の欠けている所を補ってもらうよう祈願する。
 
そして、

日中行は午の刻、正午、午前中など。

これが所謂お葬式になる、

と僕は考えている。



葬儀の後に続けて初七日を拝むことが多くなっている。

これも地域によって随分と違いがある。

火葬・葬儀・初七日の順に行うところがあり、

葬儀・火葬・初七日もある。

葬儀・初七日・火葬も増えた。

昔は土葬だったのだから、

今の風習はどれも新しいやりかたである。


初七日は亡くなった日から数えて七日目だけれど、

火葬場が混んでいれば、

その日を過ぎてからの葬儀もある。

今は、火葬場の予約最優先で葬儀日程が決まることが多い。

すると、

初七日はすでに過ぎているのに、初七日がセットになっていることもある。


過ぎていますよ、

と言っても、

構いません、

と返事がある。

いいのだろうか。


そもそも、

なぜ初七日があるのか、

その本尊がなぜ不動明王なのか、

典拠があるのか。


先日、ある地方の葬儀次第を見せてもらった。

棺前作法と野辺送りの作法が別々に、葬儀式次第として組まれており、

僕が知っているものとはずいぶんと違った。


密教の葬儀次第は、

即身成仏の思想と、世間で流行している往生浄土の思想が融合したもの、

になっているけれど、それがまとまったのは室町時代以降くらい。

お釈迦さんやお大師さんの頃には無い。


どんな儀式作法所作も、

自身の求道と、

他者の祈願のために行う。

その目的は、

菩提、さとり、しあわせである。  


通夜も初七日も、

自他の成仏のためであり、

「他」には故人も含まれている。

なぜなら、

総てに仏性があるからである。



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[ 2018/05/01 10:18 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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