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安心感
電車内で周囲の人を観察する。

目が合わないように、失礼にならないように、さりげなく。


髪を見れば、体質と心の陰陽が分かる。

耳を見て腎臓の様子。

耳が小さいなら腎臓が硬く陽性で、

怖れに敏感である。

鼻は、その人の人生を観るのに役立つ。

背筋と鼻梁はほぼ同じ姿になるので、体型と人生の姿勢を観る。

何よりも、肺と生殖器の様子が現れるので、

呼吸、つまり心の落ち着きと生存欲の根本が現れる。

そんな細かいことばかりでなく、

楽しそうな人、辛そうな人、

イライラしている人、気の抜けたような人、

世の中にはいろいろな人がいる。

透き通るような肌の人、

荒れ肌で疲れた人もいる。

観察していると、

健康な人と病気の人は半々のようだけれど、

もう少しじっくり分類すると、

健康な人と病気の人が1割づつ、その他はどちらでもない人である。

何でも分別すれば、そういうものであり、

社会ではどちらでもないことがバッファになり、大勢なのである。

アベ君応援1割、大嫌い1割、そんなことどうでもいい8割だろうか。


実はその日、

僕はとても身体が不調だった。

できれば家で寝ていたかったのだけれど、

やむを得ず出かけ、電車に乗って、他人をこそこそ見ていた。

そして、

不調なのは自分だけではなく、

自分よりも、もっとつらい人がいることがわかり、

ああ、僕はマシなほうだ、などと安心していた。

これはあまり良くない考えかたである。

他人の幸せを妬み、不幸を喜ぶようなものだから。

『密厳院発露懺悔文』には、

「勝徳の者を見ては嫉妬を懐き
 卑賤の人を見ては驕慢を生じ
 富饒の所を聞いては希望を起し
 貧乏の類を聞いては常に厭離す」

とあり、

そのような心は徹底的に懺悔すべきことが説かれている。



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[ 2018/10/12 07:25 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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