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心の所在Ⅰ:プロローグ
どんな宗教でも目的は同じです。

自他ともにしあわせになること、

人類が平和であること

天国や極楽に心安くなり、地獄から離れること

希望がかなうこと

苦しみからの解脱

人格の完成

転迷開悟


どの教団も

どの教えも

どの宗教者も

どの神父も牧師も僧侶も神官も みな

無上の安穏、至高の平安、心からの幸せに至る道を説いています。

その道を歩くかどうかは、その人によります。宗教は道を示しているだけ。

だから、

信者になれば、教団に入れば救われるのでは無い。

自分で自分の力で歩かなければ幸せには近づけない。

○○教徒になるだけでは、ただの酔っ払いと同じ。




仏教でも料理でも陰陽でも、

短い時間で驚異的に理解し体得できる人がいます。

そういう人は、

料理の時には料理の話しかしない。それ以外の話になると沈黙している。

陰陽の勉強になると、陰陽のことしか語らず、それ以外のことには関心を持たない。

それを精進といいます。

集中して継続すること。

そうすれば体得できます。 


それが悟りや幸せを得る道なら、

ぼやぼやしていないで、ダラダラ暮らしていないで、

今すぐに実践したほうがいい。

明日にでも死んでしまうかもしれない、無常の世の中なのだから。


誰でも仏になれる

すべての人の中に仏は住んでいる

みな本来悟っている

だけれど、放逸でだらだらしていてはなれない。

「精進して修行すれば」誰でも仏になれる

努力すれば、今この身のままですぐに、悟れるのですから。

そして、

努力しなければ、それまでのこと。





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[ 2015/10/08 09:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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