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心は続くよどこまでも
毎日いろいろなことを考えて生きていますが、寝ても覚めても心はじっとしていない。

『十住心論』には、

凡夫の本能的我欲のままの心から、順次悟りへ転昇していく心の諸相が説明されていますが、

まだ執着と迷いの中にある「悟る前の心」が『大日経』に「六十心」として説かれています。これがなかなかおもしろい。

悟りとは自分の心をありのままに知ること、なので、その心がどういうものかを観察します。


初めに貪欲の心。

愛欲の心、性欲物欲名誉欲、コミュニーケーション欲、清らかな愛の心も貪欲。

そのほか煩悩の心として、
 
貪心 瞋心、痴心 疑心 闇心 闘心 争心 迷心 慳心

善に見えながら執着する心として、

無貪心、慈心 智心、決定心、明心、守護心、

他には、


商人心

安いものを買い、高値で売って利を得る。

修行するものは、高根で売るようなことをせずに、勉強して得たものをすぐに実践すべきである。


農夫心

広く聞き耕す。

広く学んでから跡に実践しようとすると、勉強するだけで終わってしまう。


河心

流れが岸に片寄らない。

正邪ともに信じたりするのを退けて、すみやかに悟りを得るように勤めるべき。



井心

窺い得ざる深みなり。

他人の容易に窺いえない心をもって得意としてはならない。
 

狸心

徐ににして獲物捕る。

時と場所を考慮することなく、見聞にしたがって直ちに実践し、恩の恵みに報いなえればならない。


狗心

少なきものに満ち足りる。

すぐれたものを求めようとしるべきである。



水心

常に不善を洗い去る。


清らかな悟りを求める心のなかにはすべての罪悪は消滅し、自己と仏が一体となることを思うべき 。


火心

燃え盛りてぞ熱を出す

善いことをなす場合でも、一気に功をあせらずに漸次に心をこめて継続するように勤めるべき。

などなど。


いずれにしても、僕らが思う心は迷いのもとであり、それを改善するには、


自己反省

思いやりの心とその実践

向上心を持った勉強

心を静かに観察する瞑想修行

が大切と説きます。


雑草を除きながら 一面苗をそだてるように、浄心を増長させる、


とある。


いずれにしても心は間断の無い連続で、ひと時もじっとしてないものですから、実に不安定なものです。

ですから、

心が思ったことそのままにとどまるか、

そこを越えてより良く生きるのか

が問題になります。


そして、

どんな心でも、慈悲を基本とするのが仏教です。

心を冷静に観察し、

慈悲の働きかけで煩悩や迷い苦しみを超克する。


それが人生の意味であり、それによって希望に満ちた世界になります。

優しさと思いやりという慈悲が根底にあって悟り(しあわせ)を求めれば、

真実の生きかたが見えてくるはず。


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[ 2017/01/25 18:48 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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