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念誦の中で
高校生の時、当時の営団地下鉄千代田線が 代々木上原まで伸びて、小田急線と相互直通運転開始。

祖父母が町田に住んでおり、その後、僕も小田急沿線の学校に進んだのでなじみがあります。

そのころから走っているのが6000系。千代田線用の車両。



そろそろ絶滅危惧種、と鉄道雑誌に載っていました。


小田急9000系も千代田線直通運転のために導入された車両ですが、これは2006年に廃車。




それはさておき、

高野山の金山穆詔先生は、

新幹線が走る以前、東京大阪間の7時間近くを乗車中、数珠を持って真言を唱えていた

と恩師から聞きました。とにかく、いつでもどこでも唱えていたと。
 

閑室でひとり静かに唱えることは、心が寂静の時に行うもので、自分の中に仏を見る。

世間に出ていつも唱えることは、心が散乱している時に行うもので、自分の外側すべてを仏と見る。



僕は長い念誦の間、物思いに浸ることがあります。

あの人は今どうしているだろうか

どうか元気でいてください。

あの人はこんな欠点があるなあ、と思っていたけれど、

それはこちらの眼が曇っていただけだなあ。

よくよく考えれば良いことばかりではないか。

もっと優しい言葉をかければ良かった。次からはそうしよう。


念誦が終われば忘れてしまうことが多いのだけれど、

少なくとも拝んでいるときはそう思う。

だから、

いつでもどこでも拝む。



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[ 2016/02/05 12:49 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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