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性懲りもない反復
お世話になっている人から、

座禅について知りたい

と連絡があり、いくつかの本と座禅会をしている寺を紹介しました。

何事も、

勉強と実践の両方が必要です。どちらかだけでは妄想につながります。

特に仏教や精神的な世界のことは、

本だけの勉強だと、自分流の勝手な解釈をして、それを正当化しがち。それは錯覚。

だから、適切な師を見つけて、直接指導をうけます。

明師は偶然で会うのではなく、自ら探す。

そして、

毎日の生活の中では執着が強くなり、心に垢がたまりますから、

読むべきものを読んで、垢を落とします。

 


座禅は心の統一法のひとつですが、無念無想というわけではありません。
 
他宗他派のことはよく知りませんが、

真言密教では毎日三回、お堂に坐っての作法が決まっています。

ひたすらそれを修法する。

そして、

真言を唱えます。

堂内で仏さまと二人っきりで唱え、

堂外で、どこでもいつでも唱えます。

だって、いたるところに仏がおわし、どこもかしこも曼荼羅道場だから。

で、

堂内ではただ座る、ただ唱え、ただ拝む。

堂外でも、アホのようにただひたすら唱える。


唱えれば、拝めば、仏が、自分とは何かが分かります。

「自分とは何か」というアイデンティティもわかる。姓など関係ない。


料理でも、ひたすら切る、作るという反復によって上手になり、何よりも自信がつきます。


世の中の苦しみは、思い通りにならないこと

思い通りにならないのは煩悩があるからで、

その煩悩とは、物事をありのままに見ることができないこと。
 
それをありのままに見ることができることがさとりで、

それは、諦めること。


そういうことが、シンプルなことを反復することによって身につきます。


人生で必要なものは、そのような性懲りもない反復によって得られます。

今年も来年も。


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[ 2015/12/24 08:39 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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