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木守柿

この時期、好きな景色のひとつが、


葉が落ちた木に残る柿の実


干し大根の風景とともに日本らしい風景だな、と感じます。


 

残柿、または木守柿と言います。


最後に残って木を守る実。


僕らの心の中には、僕らを守る種子があります。


それが成長して僕らは何かをする。


多くはつぼみまでしか成長しないけれど、稀に花を咲かせ、実をつける人がいる。


お釈迦さまとか、お大師さんとか。


仏教寺院や家庭の仏壇、拝む場所にはご本尊さんがおわします。


観音さん、お薬師さん、お地蔵さん、お不動さん、阿弥陀さん、文殊さん、虚空蔵さん・・・。


曼荼羅や経典やお念仏を本尊とすることもあります。


真言密教では、

大日経を理解していれば大日如来を本尊に、


金剛頂経を体得していれば曼荼羅の諸尊を、

どちらも理解していないうちはお釈迦さまを本尊に、

と僕は考えているけれど、いずれにしても仏さまはいたるところにおわします。



『秘蔵記』には、


本質として清らかな人の心は、あらゆるものの中で最も優れもっとも尊い。故に本尊という。


人は眼前の姿に眼がくらんで、仏と同じ本質を発揚できずにいるけれど、


無条件に自分を投げ出しておまかせするならば、真なるものに到らんと修行するものを救済する。


結果だけではなく、仏になろうとする、その努力が尊いのである。


とあります。


残り柿もその時その場の本尊なんだろうな。



 

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[ 2014/11/07 05:12 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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