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清浄な欲望
早いもので6月も中旬になりました。

このように、月日の経つのが「早い」とは言いますが、「遅い」とはなかなか言わないようです。



遅いものでまだ6月ですね、と言う人はいるのかな。


時間の経過を早く感じるのは陽性過多だからでしょうね。




いろいろな分野で若い優秀な人が活躍するのは頼もしい。

僕らおっさんは若い人に追い越されるのが嬉しいものです。


でも、死ぬのは僕らを追い越さないでほしい。死ぬのは歳の順にしてほしい。

そして、バカでもいいから健康でいてほしい


と葬儀の度に思います。




少し前ですが、5月20日付朝日新聞「apital 患者のための医療サイト」に


脳梗塞の陰に不整脈あり
http://apital.asahi.com/feature/others/2013052100014.html?page=1


という記事がありました。


陰陽で考えてみると、


コレステロールなどの陽性なものは陽性な心臓に集まりやすい。


そのような血液は流れにくいので心臓に負担がかかります。血がどろどろしているから詰まる、という感じ。


陽性なものだけが身体にあるわけではなく、陰性なものも同量ありますから、砂糖などの陰性が多ければ、陰性な場所である上部へ流れ、その陰性で血管を溶かします。


ですから、「砂糖と肉食」のような食事が多すぎる場合、陽性なものが心臓の負担になり、陰性なものが脳の血管を弱らせ、かつ詰まらせる、と考えられます。




脳や心臓ばかりでなく、身体に負担になるものが多いと心も乱れます。



病気の中で最も重症なのは自我の執着、つまり果てしない欲望です。


その欲望は病気の原因になるけれど、清浄なものに転換できると密教では説いています。


『理趣経』には


大慾得清浄  大安楽富饒
三界得自在  能作堅固利

(清き大欲があるゆえに 富み栄え

 この世の中に 思うままの 救いの根元が堅まる)

とあり、

大日如来の修法では


愛染の大楽こそが我が自性である

というような観想をします。




松長有慶管長猊下の『理趣経』(中公文庫)には、


性の本質、生命力を積極的に生かし、人類に奉仕する立場に振り向ける。

無我の境地に立つとき、欲望は浄化され清浄となる



とある。


例えば肝臓が弱っていると怒りに支配されやすく、何ごとにも我慢できない。


だから、肝臓が健全なら忍耐力があり、困難や怒りを耐え忍ぶことができるので、その欲望も清浄となる。



お腹が弱ければ不安と迷いの煩悩に浸る。

だから、お腹の丈夫な人の欲望は、理解力と同情心にあふれていて清浄と言える。





故に、平和のためにも協和のためにも、健康でいてほしい。


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[ 2013/06/10 05:07 | 米ぞうの家 ]



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