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災害で思うこと

台風地震等、災害お見舞い申し上げます。

6年前は、


いろいろ不便がありましたが、義援金支援金はとてもたすかりました。

また、

一段落した後も、お仕事をいただくのがありがたかった。

なので、

募金や被災地産品の購入、落ち着いてからの訪問(現地でお金を使う)は、

大きな支援になる。


あれ以来、

ガソリンは常に満タン

充電器の確認

水、米、醤油を余分に置く

というのが僕の注意。



ところで、

災害が起きるたび思い出すのが、

『秘蔵宝鑰』第四 唯蘊無我心にある十四問答。


その最初に

「多くの僧尼を見るに、頭髪を剃っても欲を剃らず、衣を墨染めにしても心を善法に染めることをしらない。

戒、定、慧の三学を修めるものはきわめて少なく、非法濫行のものは頗る多い。

日夜に営々として、あるいは頭を臣妾の履に叩いて、それにへつらい、あるいは召使にまで歓心をかわんとして朝夕に手土産を事としている。

仏の習わしはそのために衰微し、仏道はこれによりて頽廃するのである。

かの、旱魃や洪水がしきりにおこり、疫病が年ごと流行し、天下がみだれ、人々が苦しむのも、

みなこれ僧尼の非法濫行によるものといわねばならぬ  云々」

だから、僧尼に布施することなど禁止にするべき、

という。


そんなことは関係ない、ということは無いだろうし、

関係ないと思っているようではいけないと思う。


上記の問いに対してお大師さんは、


物には善悪があり、

人には賢愚がある。

賢善は稀れであり、愚悪はとても多い

だからといって総てをなくしてしまうべきではない。

いつかは賢善が現れるのだから、

やめることなく、続けることが大切であり、

その道を断絶する理由はない

と答えている。


そういう思いをもって、

どんなことでも自分に関係があるとして、

懺悔反省と感謝するべきである。


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[ 2018/09/10 06:55 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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