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祈り
震災後、ある偉いお坊さまが

私は山に籠ってひたすら拝んでいました。

と言うのを聞いて、多少の反発を感じました。


お身体は健全のようですし、あなたほどの力とお金があるのなら、現地へ来てくれれば良いのに。

どうして僕らの近くで拝んでくれないのだろうか。


そんな想いも、戦争となれば別です。

現地へ行って祈る、などはだいぶん難しい。


だから僕も、我が家で祈祷供養するしかないのだろうな。


それはよくよく考えるとむなしい気持ちにもなります。



避難所に逃げたのに、そこに津波が来た。

同級生を踏み越しながらさらに避難する。

それはそれは凄惨な状況だったと想像できるけれど、

そして、その後のその場所で祈ることはできるけれど。


戦争ではそういう祈りもできない。

小さな子らがそんな形で犠牲になるのが、僕はとても苦しい。


個人個人が仲良くできても、国と国では難しいことくらいは知っています。

人類がまったく争わないようになる、などという無邪気な理想も持ってはいない。


でも、どうか戦争は避けていただきたい。

災害で死ぬのと戦争で殺されるのとでは、魂の傷つきかたが違う。

少なくとも僕はそうなんだ。



相手を赦すことはできなくても、我慢することは誰にだってできます。

バレンティンも我慢しています。

耐え忍ぶことは、とても重要な修行です。


どうか戦争が拡散しませんように

無垢の子らが無事でいるように

心より祈念いたします。


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[ 2013/09/03 07:39 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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