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行願
「ぎょうがん」と読む。

ことをなさん、とする願いで、身行と心願。

密教では慈悲のこと。

『菩提心論』に、

行願とは 、

誓って、われすべての人々を救いわたさん

との誓いを実行する心である。

一切の衆生を利益し安楽にするべし。

とある。

この行願を、

栂尾祥雲先生は「すくい」とカナを振り、

北尾克三郎氏は「生きる意味」と訳している。



そもそも、


こよなき悟りのありさまは、

その本質が自心を知るための瞑想修行

その姿が道を求めること、

その働きが大悲行願である。



普段の暮らしで、

いつでも誰にでもニコニコし、

常に手を差し伸べるようにしているのが良いのだろうけれど、

なかなかそうはいかない。


人に接する時、

母親が幼子を見守るよう、慈悲の心で包むように思うことがある 。

コラコラ、そんなことをしていけないよ、と叱るときもある。

おお、それはすばらしい、と讃嘆して喜び、

笑いながら怒ることもある。


それらはおそらく、

悪を改め楽を与えたい行願が元になっている。

なるべくそうして生きてゆきたい。


健康とか幸せは、もぎ取れるものではなく、

行願が体得できた瞬間に現れる 。



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[ 2018/05/27 11:50 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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