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食と祈り
連休でお疲れのかたもいらっしゃるでしょうが、体調が陰性気味なら深めに作った炒り玄米をそのまま噛んで。

陽性過多なら魔法のスープを無塩でたくさん飲む。

どちらかわからない時は炒り玄米入り魔法のスープ。

陰陽の観かたや作りかたは当庵ホームページをご覧ください。
http://shintenan.hanagasumi.net/



先日の料理教室であるかたが、

最近の世の中はどうもおかしいですよね。

と、言ったらしいのですが、

最近のモナカはどうもおかしいですよね。

と僕には聞こえたので、

そうですねえ、ここのところ食べてはいないのですが、風変わりなものも出てきているようですね。

と答えたら、変な顔をされました。


子どもの頃、蝙蝠男を子守男と、こぶとり爺さんを小太り爺さんと間違えていたことがあるから、僕はまだ少年の心を失っていないのだろうな。



最近の料理教室では端午の節供料理を作りましたが、来月は夏越の料理を作ります。

メニューは、

・梅御飯
・夏越巻き
・大原木そば
・ごま煮 
・その他  

どうぞ、お越しください。



それはさておき、


仏教の食時作法はお釈迦さん以来の律によっていますが、作法としての原形式を作ったのは中国4世紀の釈道安とされています。(飲食唱時法)

また、7世紀の道宣が著した『行事鈔』が、律式食作法の大元と考えられています。


17世紀、江戸時代に浄厳和尚が『真言行者二時食法』を編し、また等空撰の『作持門詞句要集』末に収められた『食時作法私記』が作法の主流になり、
現在では、中川善教先生の『真言宗常用諸経要集』にある「食事略作法」が真言行者に伝授されています。

その中から、食時作法の中心であり、普段の生活で所作できるものを抜き出し『極略作法』としてホームページに載せましたのでご覧ください。


作法では、食事を前にして以下のような瞑想・観想をします。

一 この食べ物は、自然や多くの人の手によってこの食卓に上ったことを思う。

二 自分はこの食事を食べる資格があるかどうかを思う。

三 善心を妨げ過ちを起こすのは、貪りと瞋りと愚痴であることを思う。

四 食べ物はいのちを養う為であり、正しい食物を必要の限度にとることを思う。

五 正しき生活を目標にして、徒に世の栄達を願わざることを思う。

そして、

一切の悪を断つために      ご飯をひと口
一切の善を修すために      ご飯をひと口
一切のいのちを助けるために  ご飯をひと口
仏道に回向するために      お菜をひと口

と観想しながら食べます。


美味しいからといって貪らず、

まずいからといって怒らず

並のものだからと愚痴をこぼさない。


食事をするのは菩提のため、つまりは「しあわせになる」ためであって、その他の名利のためではない。

つねに心の喜びを持ち、他の幸せを願い、なお一層努力精進するために食事をする。

そのような心で食事をすれば、健康はおまけでついてくる。



感謝して楽しく食べましょう。
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[ 2013/05/05 17:22 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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