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金剛頂経雑感 3 ~真実とは何か~
「あらゆる難行に耐えたからとて、

 どうして無上なる悟りを得ることができるであろうか。

 あなたは、一切如来の真実を知らないのだから」

と言われた一切義成就菩薩は、

「私はどのようにすれば、真実に到達できるのでしょうか」

と問います。


一切如来とは『金剛頂経開題』に説明があります。

それは五智の仏。

五智とは、

鏡の如き智慧:あらゆるものを、ありのままに認識する智慧
隔てなき智慧:あらゆる存在が平等であると認識する智慧
見きわめの智慧:あらゆる存在の違いを認識する智慧
ワザをなす知恵:他に働きかけ、救済し、教化する智慧
最高の智慧:真理の世界そのものの本性のもつ智慧

この、

世の中の総て(の智慧)を集めて自分の身体とするのが五仏。

だから、

この五仏=一切如来は、すべての存在の根源なり

とあります。

そして、
 
真実とは何か。

『金剛頂経開題』では、

真は真如

実は実知実相

として、

『釈摩訶衍論』から十種の真と如を引用しています。

それを、大雑把にまとめれば、

一切は本来清浄である、ということ

実知実相は不二のこと。

不二についてはこちら


ちなみに、

金剛頂経の注釈書である『タントラ義入釈」には

真実とは、

心真言、印、真言、明

の四つ。

『真実光明論』には、

曼荼羅、真言、印、我と処の守護、諸尊勧請儀軌、
陀羅尼、禅定、内外自性具足の護摩、修練、供養後撥遣

の十真実が説かれています。


僕は、

自心を観察する三摩地samādhiや禅定dhyānaによって、

つまり、

心をまとめ、心を静かにして、

自性清浄心を知ること、

と考えています。




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[ 2019/05/27 13:38 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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