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[ 2026/03/15 19:39 | ]
僕が好きな密教の本を紹介
どうぞ、ご覧ください。

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[ 2019/02/18 17:33 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
定印の効果 ~心を静かにして考える~
何か面白いことをしようと考える。 

考えているうちに、 

これは誰かに迷惑をかけるかもしれないから、やめようと考える。 

僕らは考えることで、いろいろなことができます。

誰かをいじめることもできるけれど、いじめないこともできる。 

行動する前に考えることは、危険を避けるためにも大切。 


考えることを妨げるものもあります。 

満腹や過度の空腹、 

疲れ、睡眠不足、身体の痛み 

飲酒など。 


また、 

怒りや興奮は考えることを抑制するけれど、 

希望や憧れは、より良く考えることを増長させる。 


何よりも、 

それが自分のせいであると考えるか、 

他人のせいであると思うかで、 


ずいぶんと変わります。 

考えると、

分からなかったことが分かることもあるから、考えるのは楽しい。 



考えることと言葉が、迷いを生む原因となることもあります。 

考えるという世界は、その中のみで存在し、事実の世界はないから。 

その、迷いの原因になる思惟、分別を、 

そうでない直観に変える方法のひとつが、 

坐禅瞑想などの心の観察です。 



[ 2019/02/22 17:25 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
大乗の話 ~立義分~
大乗とは心のこと。

とても大きな心のこと。


[ 2019/02/25 06:59 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
あなたのために ~仏壇の話~
仏壇は小さなお寺

お寺は修行する所

立派な人になるために利用しましょう。


[ 2019/02/25 07:01 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
南アルプスの廃寺
赤石、木曽、飛騨山脈のみっつが日本アルプス。

そのうち、南アルプスと呼ばれる赤石山系にある、

過疎地の寺の解散手続きをしています。

お寺をやめる、廃寺(ハイジ)にする手続きです。

廃寺(法人を解散)するのは、

僕が住職をしている飯田市・立石寺の隣村にある小さなお寺。

永年不活動、代表者も登記されていなかったので、

手続きを行うために僕が住職(法人の代表役員)を兼務し、

地域のかたに総代、責任役員をお願いし、申請します。

ここまでは、普通の寺の、住職就任手続きと同じ。


その後、
 
責任役員会を開いて解散の議決

地域利害関係者へ向け、

寺の事務所で公告掲示。

掲示期間を済ませてから、

総代会の同意書などを添えて、包括宗教法人である高野山真言宗に、解散承認を申請。

しばらくして、解散承認書が高野山から届き、

それと共に、
 
役員会の議事録
総代会の同意書 
公告をした証明書と公告した時の写真
解散理由書
法人の規則
財産目録
財産の処分方法
清算人就任受諾書

などをそえて、県へ解散認証の申請。

ここまでは順調でした。

決められた手続きに沿って、

決められた書類を間違いがないように何度も確認しながら作成し、

担当部署へ提出(郵送)すれば良い。

手間はかかるけれど、それほど難しくはない。

ところが、問題発生。


寺に限らず、古い物件にはよくあることですが、

お寺の名義になっている不動産の所有権が保存されていない。

宗教法人法ができる前からある田舎の山寺では、

法律ができた後も、手続き(登記)をしないでそのまま、なんてことはあるのでしょう。

その間、区画整理などで土地の様子も所有者も変わるから、

どんどん分からなくなる。

所有権が無ければ、お寺を解散した後に、その財産(不動産)を処分できない。

(今回の場合は、地域の地縁団体へ帰属させます)

所有権保存や移転の場合、

法務局に聞いて、

あれとこれの書類をそろえて提出してください

というものではないようで、

その土地が現在どうなって、今までどのような扱いになっていたのかを証明する書類を用意しなければならない 。

そこで、弁護士さんに相談。

土地家屋調査士さんに依頼して,地積測量図を作成する。

おそらく土地の境界が明瞭でないだろうから、

隣接地の方との協議が必要

そのうえで司法書士さんに依頼して登記。

とのこと。



廃寺にする理由が、

過疎化と高齢化、ようするに人がいない、当然お金も無い。

なので、プロへ依頼できずに、自分たちで進めてきたのだけれど、

そろそろ限界みたい。

只今ペンディングで、

土地家屋調査士さんを探しています。

何でも、古いものは手ごわい。



[ 2019/02/26 07:13 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
三昧耶戒について

[ 2019/02/26 11:29 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
丹田の場所
丹田とはどこにあるのか、

探してみると、


[ 2019/02/27 06:05 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 1
 お大師さんが『般若心経』について書いた、

『般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)』という文章があります。

その中に、

偈頌(げじゅ)とか頌(じゅ)と呼ばれる、

仏の徳を讃嘆する歌(漢詩)が12あります。

それだけを拾って読むのがおもしろい。

意味内容はもちろんだけれど、

読むリズムや音が楽しい。


文殊の利剣は諸戯を絶つ
もんじゅの りけんな しょけをたつ
覚母の梵文は調御の師なり
かくもの ぼんもんな ぢょうごのし なり
ヂクマンの真言を種子とす
ぢく まん の しんごんの しゅじとす
諸教を含蔵せる陀羅尼なり
しょきょうを がんぞうせる ダラニなり


文殊菩薩は剣を持って、誤った考えを断ち切る姿

般若仏母は経本を手にして、あらゆる仏の師であることを示しています。

果てのない迷いの世界を、いかにして断ち切るか

それはただ、

深い落ち着きで、心を静めまとめること(つまり瞑想修行)と、

正しい考えかたのトレーニング


正しい考えかたとは、

身の程以上の欲と、怒りと、他人を害することもの離れること。

実生活では、

噂話と事実を区別する

証拠があるものと、単なる自分の意見や感想とを見分けること。







[ 2019/03/01 11:40 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 2
観人智慧を修して
かんにん ちえを しゅして
深く五衆(色受想行識)の空を照す
ふかく ごしゅの くうを てらす
歴劫修念の者
りゃっこうしゅねんの もの
煩を離れて一心(個別で葉ない全体心)に通ず
ぼんのはなれて いっしんにつうず 


観音さまが、悟りの智慧を修行して

心もモノも空であると悟り、

あらゆる迷いの苦しみを離れて

ついには一心の根本に到達する

という、般若心経の冒頭にもある風景。


この一心、

オレがワタシが、

という個別心ではなく、

オレもアナタも全てが仏、

という全体心のこと。

自分のことよりも、

困っている、悩んでいる、苦しんでいる人を先にする、

素晴らしい人は大勢います。


母親は自分のことよりも子を先にします。

赤ちゃんがおねしょをしても、

自分が濡れた布団に寝て、

赤ちゃんを乾いたところに移す。

すべてにたいしてそういう気持ちになる一心。

そこには自我への執着はない、

つまり、苦しみは無い。



[ 2019/03/02 07:26 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 3
色空本より不二なり
しきくう もとより ふになり
事理元より来同なり
じり もとより このかた どうなり
無礙に三種を融ず
むげに さんじゅを ゆうず
金水の喩その宗なり
こんすいのたとえ そのしゅうなり


本体(本質)と現象(現実)はひとつである、

現象そのままが絶対である、

ということですね。

その喩が金水。

金で作られた獅子には耳があり鼻があり口があります。

耳を見て、これが耳だといえば耳だけれど、

全体(平等の立場)から見れば金である。

そこから見れば、耳だろうか鼻だろうが金であり、差別はない。

だから、全体が耳(鼻)と云ってもいい。

宇宙の本体(仏の悟り)と、

個別の僕らの関係もそういうこと。


水上に波が立っても、

波は水である。

いくつかの波がたち、それらは別の波だけれど、

もとは同じ水である。

水が本体で、波が現象ですね。

水と波も、

波と別の波も、

平等で絶対である。


あたなと僕と仏も、

そういう関係。



[ 2019/03/03 06:33 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
もうすぐ8年目
例年、3月11日を過ぎてから、

津波被災地へ行っていたのですが、

今年は8日から行く予定。

その晩は、福島県富岡町(駅前の富岡ホテル)に泊まります。

福島第一原発から直線距離で6キロくらい。
 
町の北東部はまだ帰宅困難区域が残っていますが、
 
ほとんどの地域は、居住制限区域が平成29年4月に解除され、

同年10月にはJR常磐線が富岡まで開通。

残った浪江までの不通区間も、

来年2020年3月運転再開へ向けて復旧工事が進んでいます。

あれから8年、富岡へ行けるようになるとは,感慨深いものがあります。  


富岡町駅周辺 の放射線量は0.04μsv/h くらい。
 http://www.radiation-map.net/tomioka/tomioka19-south.html


僕が住んでいた福島県郡山市田村町では、

平成23年6月9日には0.67μsv/h

仮にそれが続けば、

年間被ばく量は5.8ミリシーベルト。

平成30年12月6日には、0.09μsv/hになっています。

この値なら、年間被ばく量は0.788ミリシーベルト。

 郡山市放射線量
https://www.city.koriyama.lg.jp/soshikinogoannai/seikatsukankyobu/genshiryokusaigaisogotaisakuka/gomu/2/1/3177.html

8年で1/7から1/10くらい。

僕の印象では、

こんなものかな、という感じ。


翌9日は、

例年通り、宮城県東松島の津波被災地へ行って拝み、

地元のかたがたから、いろいろ教えてもらいます。

復興とは何なのか

これでよいのか

これから、どうしたらよいのか

多くの人がわからないまま時間が過ぎている、という部分もまだあります。



[ 2019/03/03 08:31 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 4
八不に諸戯を絶つ
はっぷに しょけを たつ
文殊は是れかの人なり
もんじゅは これ かの にんなり
独空畢竟の理
どくくう ひっきょうのり
義用最も幽真なり
ぎゆう もっとも ゆうしんなり


あらゆる対立を超えて、一切を包む

ということ。


ある人は云います。

「私」はある。
あの世はある。
霊魂はある。
死後の世界はある。
全ては永遠不滅である。
あらゆるものはある。


別の人が云います。

「私」は無い。
あの世は無い
霊魂もない
死後は何も無くなる。 
あらゆるものはない 。

そして、

正しい智慧の持ち主は

有る、ということも、
無い、ということも
自分の考えかたの根拠とすべきでは無い。


キレイとか汚いとか、

そんなものがあるのだろうか。

対立する考えが無くなれば、

大きな大きな慈悲が生まれます。



[ 2019/03/04 09:39 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 5

二我何れの時にか断つ
にが いづれのときにか たつ
三祇に法身を証す
ざんぎに ほっしんの しょうす
阿陀は是れ識性なり
あだは これ しきしょうなり
幻影は即ち名賓なり
げんにょうは すなわち みょうひん なり


あらゆるものは心から生まれる、

ということ。

心が思うから見える、聞こえる、感じる。

思わなければ、何も無いのと同じ。


心の底のほうにDVDがあります。

そこにいろいろなものが記憶されます。

そして、いろいろなタイミングで再生され、

新しく更新されたり、編集されたりして録画されます。

そこには善も悪も、好きも嫌いもどちらでも無いも、

全部記録記憶されます。

この根本DVDから現れるものは、

ただ、仮の名と、賓客として仮の姿があるのみ。


[ 2019/03/05 09:19 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
あるイメージ 1 心から身体へ
仏の心から、仏の身体へ


[ 2019/03/05 12:05 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 6

風葉に因縁を知る
ふうように いんねんの しる
輪廻幾の年にか覚る
りんね いくばくのとしにか さとる
露花に種子を除く
ろかに しゅうじを のぞく
羊鹿の号相連れり
ようろくのな あいつらなれり


いわゆる小乗仏教の悟りかた

風に散る木の葉を見て、

ああ、いつまでもあるものではないのだなあ、

と、無常の因縁を知る。

露にしぼむ花を観じて、

いつまでも咲いているわけではないのだなあ、

と、愚かさの迷いを除く。


いつまでも永遠に、

常に変わりなく、

そういう「それ」に執著しないこと。


 


[ 2019/03/06 10:06 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
あるイメージ 2  身体から虚空へ

[ 2019/03/06 13:11 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 7

白骨に我何んか在る
はっこつに が いずくんかある
青瘀に人本より無し
しょうおに ひと もとよりなし
吾が師は是れ四念なり
わがしは これ しねんなり
羅漢また何ぞ虞まん
らかん またなんぞ たのしまん 


無常、無我、縁起を観想すること。

こだわるな、とらわれるな、

どうでもいいことばかりじゃないか、

ということかな。



人が死んで白骨となるを見よ

どこに永遠の自分があるのか

屍の日にさらされて青黒くなるとき

本よりどこに美人などあるのか

わが師として学ぶべきは

身体は不浄であり

感覚は苦であり

心は無常であり

法(存在)は無我である

との観想である。



[ 2019/03/07 10:24 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 8

蓮を観じて自浄を知り
はちすを かんじて じじょうを しり
菓を見て心徳を覚る
このみを みて しんとくを さとる
一道に能所を泯ずれば
いちどうに のうじょを みんずれば
三車(声聞縁覚菩薩)即ち帰黙す
さんじゃ すなわち きもくす


得るものと得られるもの

などの対立を離れて、

一つの境地を観察すること。

それは、

智慧は働きであって、固定して実在しない

ということ。

くまなく広がり、

動き進んでいる。


泥に汚れない蓮華を観察して

わが心の本性が清らかなることを知り

蓮台に果実が実るのを観て

心中に万徳が有ることを覚る

あらゆる表現を離れた道は

するとせられるとの対立をほろぼす


 


 


[ 2019/03/08 09:41 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ひとめぼれした話

[ 2019/03/08 11:15 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
富岡から東松島へ 原発事故と津波の後 1
3月8日13時半、栃木を出発

北関東道から常磐道に入り、広野インターチェンジで降りて国道6号線を北上。

双葉警察署交差点を右折して左側にあるのが、

ここは旧エネルギー館。

会館時間は16時半までだから急いだのだけれど、

お客さんがいれば開館時間は伸ばすみたい。

東京電力に、

「おごりと過信があった」と云う映画を観て、

過剰なほど丁寧な職員と話をする。

現在、

毎日4000人以上の人が第一原発内で働いており、

原発敷地内の98パーセントは、

防御服ではなく、普通の作業服で仕事ができる、とのこと。

燃料棒の仕組みなど、

初めて知ったことがたくさんあった。




[ 2019/03/10 09:36 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
富岡から東松島へ 原発事故と津波の後 2
廃炉資料館から車で1分、歩いて15分

JR富岡駅前にある平成29年秋に開業した富岡ホテルに投宿。

ここは地元の人が作り、地元の人が働いている。

4階建て客室66のこじんまりしたホテルだけれど、

丁寧で温かい接客、

バスとトイレが別

朝ごはんは5時半から。

居心地はとても良く、

復興工事関係者が大勢泊まっていた。



部屋の窓から見た風景。

太平洋から上る朝日が見られる。

手前の線路は、平成29年に再開した常磐線。

画面右の、いわき・東京方面からの列車はここが終点。

左側、北方の浪江までは代行バスで、

乗り換えの人もずいぶんいた。

この間も、来年には再開予定。


富岡は福島第二原発がある町、

第一原発からは直線距離で6キロくらい。

町の北側は未だ帰宅困難地域が残っている。

駅周辺は、津波の後、新しく造成整地され、

建物もみな新しく、きれいな街になっている。

そのためか、徹底的に除染したためか、

郡山などより放射線量は低い。

そして、

まだまだ様々な工事が続いている。



[ 2019/03/11 07:49 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
富岡から東松島へ 原発事故と津波の後 3
富岡駅から国道6号線に入り北上。

2キロほど走ると、帰宅困難区域に入る。

ここは自動二輪等通行不可。


NEXCO東日本のサイトから


道路際の建物は壊れたまま、

あの日あの時のまま。

交叉点両側の道は封鎖されているけれど、

常磐道・富岡インターへの道は通ることができる。

その道を通って夜ノ森駅へ。


線路の向こう側(東)は帰宅困難区域

こちら側は解除され、人も住んでいるみたい。


常磐線再開通を目指した工事を観てから、富岡インターへ向かい、

常磐道を北上。

浪江の手前、228キロポストあたりが最も線量が高いけれど、

すぐに低くなる。

復興事業や除染土輸送のトラックと、頻繁にすれ違う。

しばらく走って宮城県に入ると、広い農地と、明るい大きな空が見えてくる。


[ 2019/03/12 11:04 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
『般若心経秘鍵』の頌を読む 9

行人の数は是れ七つ
ぎょうにんのかずは これ ななつ
重二かの法なり
じゅうに かのほうなり
円寂と菩提と
えんじゃくと ぼだいと
正依何事か乏しからん
しょうえ なにごとか とぼしからん


般若を修行する人の数は

声聞 縁覚 華厳 三論 法相 法華と真言の七つ。

当時はまだ、禅や浄土の宗派は無い。

修行することで、

円満な静けさのやすらいと、こよなき悟りを身につけて、

人(仏身)も国土(浄土)も円満して、欠けたるものはない。

大切なのは、

世間が私をどう見ているかではかく、

私はただ自分の姿勢を正して世間に向かうだけ。



 


[ 2019/03/12 11:14 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ありがたい真言
『真言瑜伽法則』に、

「短気は破綻の基

 ただ一度の憤怒心が己の心坦を崩壊してしまう」

「もしも怒心 起らんとする時は、以下の真言を唱うべし 

 オン ニコニコ ハラタテマイゾヤ ソワカ」

とあります。

これを縁者に話したら、

こんなのはどうですか、

と送ってきたのが、

 オン ニコニコ挨拶 ソワカ 

 オン コツコツ精進 ソワカ

なかなかいいですね。


ありがたい真言といえば、

日本昔話の『おんちょろちょろの穴のぞき』

またの名を『ねずみ経』。

この中に出てくる、泥棒よけのおまじないが、

おん ちょろちょろ まいられそうろう

ほかにも、たくさんの真言が出てきます。


もうひとつは、僕が若い頃に聞いた話。

あるところに、どんな病気も治してしまうお婆さんがいました。

その方法は、

病人の患部をさすりながら、

おん ころころ

おん ころころ

と唱えるもの。

そのウワサを聞いたお坊さんが、

お婆さん、それはお薬師さんのご真言だけれど、間違っているよ。

正しくは、

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

だよ。

と教えました。

それから、おばあさんは教わった通りに唱えるようにしましたが、

以前のように病気を治すことは、できなくなりました。



僕も考えました。

朝、起きたら、
 
おん さわやか おはよう そわか

苦しい時は、

おん らくらく へっちゃら そわか  

不満がある時は、

おん いろいろ これでまんぞく そわか

迷っている時は、

おん さてさて よくよく かんがえよう そわか

寝る時は、

おん さらさら おやすみ そわか


ありがたい真言、募集しています。





[ 2019/03/13 09:37 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]



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